ForestLond

ある日の夏の森の中
 「だから言ったんだ!」

 眉を顰めて怒鳴る恋人に、アルセリアはうんざりといった顔でため息をついた。ぴくり、と彼の眉尻が動く。

「アルセリア!」
「あのね、アルベルト。ただでさえ暑い夏だっていうのに、まるで気温を更にあげるかのように怒鳴らなくてもいいでしょ?」
 持っていた扇子をぱたぱた、と仰ぐ。
「もとはといえば、君のせいじゃないか!」
 アルセリアの言葉に、びしっ、と彼は怒り収まらずといった風情で言う。

 けれどアルセリアは窓の方を向いて、日差しの暑そうな外を眩しそうに見ながら口を開いた。

「でもねえ…。ほら。外を見ればわかるでしょう? ちょっと出るだけでも、とけてしまいそうな暑さなのよ?」
「人はとけない!」

 きちんと突っ込みながら、アルベルトは休めていた手を動かした。
「だから、とけてしまい、そう! そうってつけたでしょ?」
「でもとけないんだ!」
 やけに拘るアルベルトに、気づかれないようアルセリアは小さく肩を竦めた。次にじっ、と彼を見つめる。
「そう……、わかったわ。アルベルトは大切な恋人が、暑い日差しのなかで倒れて病を患うことになって……あげくは死んじゃっても構わないっていうのね?」
 ライトブルーを飾る瞳にうるうる、と涙が浮かぶ。
 だが、アルベルトは一瞬、彼女のほうを向いただけですぐに動かしている手のほうに向き直ると、冷たく言い放った。
「外には木陰もあるっていうのに、病を患って死んでしまうことになるくらい、ずっと暑い日差しの中に佇んでいるほど君は馬鹿だったのか?」

 パサリ、、
 アルセリアは思わず、扇子を落としてしまった。
「泣き落としは通じないぞ?」
 更に釘を打って、アルベルトは手を動かす。
「ひどいわ! そんなに私をこの部屋から追い出したいのね?!」
「あたり前だ。ただいるだけならまだしも、やたら変な実験をしては失敗を重ねて、あげくこの暑いのに冷却機を壊される俺の身にもなってくれ!」
 がくん、がくん……。と本来ならば、冷たい空気が流れるはずの冷却機が、生暖かい風を運んでいる。
 アルベルトは額に浮かぶ汗を拳で拭いながら、直る見込みのない冷却機を足で蹴った。

「…くそっ。これはもうだめだな」
「アルベルト!」
 ふと、座っていた椅子から立ち上がって、アルセリアは彼の名を呼ぶ。

 「どうした…って、おい!?」
 訝るように彼女のほうに視線を向けて、アルベルトは思わずのけぞった。
 見れば、アルセリアの瞳には剣呑な光が宿り、なにやら妙な言葉を紡いでいる。小声でありながらも、それを聞き取ったアルベルトの顔からみるみる血の気が引いていく。
 「アルセリア! やめろっ! こんな狭いとこでそんなもん使うな!」
そう叫んだものの、ときすでに遅し。アルセリアの呪文は終わろうとしていた。

『アーム・レ・シャード アーム・レ・シャード セフェル アルセリア・ダムド ザード』
(注・アルセリアの名において命ず。氷の精霊たちよ。今ここに現れよ)

 壊れた冷却機に代わって、大切な恋人に氷の冷たさを味わってもらおうとしただけ。
 そう、アルセリアからしてみれば。ただ、それだけだった。ところが……。

<<どっかっあああああーーーーーーーん!!!!!!>>

 あっ、という間に部屋は爆発し、見るも無残な姿になってしまった。

「……あれ? 氷の精霊呼び出しただけなのに、なんで爆発するのかしら?」
 寸前のところで、アルベルトに抱えられ瞬間移動をしたアルセリアは、彼の腕の中で、部屋の役割を捨てた瓦礫の山を見下ろしながら、不思議そうに首を傾けた。
「…………アルセリア」
 地を這うような声が、アルベルトの口から漏れる。
 アルセリアは恐る恐る彼の顔を見上げた。さすがにやりすぎたかもしれない。彼女は、まずい…、と思った。
「ア、アルベルト? ご、ごめんね? 新しい冷却機…。私が買ってプレゼントするから、ね? その…、怒っちゃいやあよ?」
 にっこり。アルベルトは極上の笑顔を浮かべた。
 それにつられて、アルセリアも引きつった笑みを浮かべる。

「ははははっ、、、」
「ふふふっ……、」

 二人の笑い声が重なって。やがて ――― 、

「………お仕置きだな」
 笑い声はそんな短い言葉で、終止符を打たれた。
 アルセリアの顔から、血の気が引く。
「きゃあああああ!!! いやああああああっっ!!!」
 慌てて叫んで、彼の腕から逃れようとしたが、がっちりと捕まえられて、それはできなかった。

 はたして、アルベルトがどんなお仕置きをしたかはまたいつかお話しするといたしましょう。

 ある、夏の日の出来事 ――――