アルベルトは目の前に建つ墓石に向けて、無造作に持っていた花束を手向ける。
墓石には師匠であるはずのリングル老の名前が彫られてあった。
本来なら、こんな森の中。ひっそりとあるべきものじゃない。高名な彼の墓ならば、有名な歴史の偉人たちのように大きく、もっと人の多い場所にあるべきものだろう。
だが、これは生前の彼の望みであった。
『知らない連中にこれでもかとこられると、うるさくてゆっくり眠れんわ』
死んでからのことを何を言いやがる、大人しく成仏してろ、と。
幼いアルベルトは苦々しく思っていた。
「結局はあんたの望みどおりになったな……」
ため息混じりにそう告げる。
この場所を知っているのは、アルベルトとアルセリア。
そうしてリングル老に繋がりのある人間と弟子数人 ―― それだって、両手で足りるくらいの数だ。
はじめは埋葬を頼まれたアルベルトは困惑した。だが、アルセリアの勧めと、本人の気持ちを思いやって、アルベルトは決めた。
この、森の中で。最も、景色のキレイな場所を見つけて、その見ているだけで胸を震わせるような風景を前に、墓石を立てた。
「あんたは知らなかったかもしれないけど」
やけに説教くさく、かまってくるリングル老が幼い頃のアルベルトには鬱陶しかった。
それは態度でも露わにしていたから、気づいていたかもしれない。
―――― だけど。
「嫌いじゃなかったんだ……」
今ならわかる。
リングル老がどれだけ、父親のようにときに厳しく。そうして優しく。温かく見守っていてくれたか ――― ということが。
「今まで……。すまなかった」
反抗してばかりだった。
どれだけ胸を痛ませていたかと思うと、その言葉しかアルベルトには浮かばなかった。
ふと、風が動く。
――― ばかもん!
そう声がしたような気がして、アルベルトは顔をあげる。
だが、ただ風が騒がしく動くだけで、どんなに意識を集中させても、声は聞こえなかった。
「アルベルト!」
名前を呼びながら、アルセリアが走り寄ってくるのが見えて、アルベルトは少し焦ったように駆け寄る。
「転んだら危ないだろう!」
「だいじょうぶ!」
アルベルトに抱きついて、アルセリアは笑顔を向けた。
「準備できたから、早くゼムタたちのところに行こうっ」
その言葉に、アルベルトは複雑な表情を浮かべる。
「まったく、なんであんな奴らの……」
そう言いながらも、アルベルトが心から嫌がっているわけじゃないことをアルセリアはわかっていた。
二人にとって、ゼムタたちのいる場所でお茶をすることは、週一回の決まった予定になっていた。
「はいはい。ほら、いいから行こうってば」
ね、と誘われてアルベルトは苦笑を零した。もういちどリングル老の墓に視線を向ける。
そうして、気づく。さっき告げた言葉が間違っていたことに。
この胸に溢れている思いは、謝罪の気持ちよりももっと。
「……今まで有難う」
そう、感謝でいっぱいだ。
だからそう告げた。その言葉を聞き取ったアルセリアも、嬉しそうに微笑んで、手を振る。
「じゃあ、行ってきまーす!」
ふたりは墓石に背中を向けて、歩き始めた。
それでいいんじゃ……。
墓石に座って、顔に刻まれた皺をよりいっそう深め、嬉しそうに笑う姿は、遠ざかる二人の姿を優しく見つめていた。