アルベルトとアルセリアは晴れた日の午後。
時間の取れるときは必ず二人で森の中を散歩していた。
さやさやと優しく吹く風に木々の葉が音を立てる。
暫らく歩いた先に、木の皮が白肌のものを見つける。他の樹より数倍は大きく、それらがつける葉はとても澄んだ翠色をしていた。
数本並んでいるその樹の側まで行くと、アルセリアはそのうちのひとつの幹に手を置いて話しかけた。
「こんにちは、今日も元気そうね。フェリア」
「リムリアだろう」
背後から冷静な訂正が返った。だが、アルセリアは気にしてないように次はその隣の樹に手の平をあてる。
「ティムヌ、調子はどう?」
「……それはロマヌスだ」
アルベルトは小さく息をついて、またも正しい名前を告げる。
風が緩やかに流れた。
暫らくアルセリアは立ち尽くしていたが、やがて気を取り直したように次はその後ろにある樹に拳で触れた。
「…………ロドリゲス元気?」
―― ふぅ。
大きくため息を吐いて、アルベルトは軽く首を横に振った。
「アルセリア、それはわざとだな……?」
呆れたような声に、アルセリアは握った拳を高く上げて木々の隙間から見える青い空に向かって叫んだ。
「なんでっ、どーして! 間違うのよっ!!!!」
散歩の時間には必ず繰り返されるやり取りに、アルベルトは苦笑するしかなかった。
もちろん、そんなアルセリアさえも愛しいと思ってしまっているあたり、どうしようもない。自覚しながらアルベルトはぽん、といつものように手の平をアルセリアの頭の上に落とした。
「名前はたいした問題じゃないんだ。いつも言ってるだろう。アルセリアがそうやって話しかけることが大事だと」
そう思ってるアルベルトは、名前を間違えてアルセリアが呼んだとしても訂正するつもりはなかった。
けれど、『もしも名前を間違えたらちゃんと教えてね!』と言い出したのはアルセリアだった。
「でもね、私はちゃんと名前を言って話しかけたいの。わかるようになりたいの!」
悠然と立つ木を見上げながらアルセリアが言う。
たとえ何年かかっても。この森に住んでいる全てのものの名前を覚えたい。
そうアルセリアは思っていた。
違う。
全てのものの名前を覚えるのは広大で不思議なこの森では難しいことだとわかってる。せめて、こうして一度でも触れ合うことができたものの名前だけは覚えたい。
『名前』にどんなに大切な意味がこめられてるか、教えてくれたのはアルベルトだから。
「アルセリア、」
ふと、顔をあげると優しい笑顔があった。
「ゆっくりだ」
「え?」
唐突な言葉に意味がわからず首を傾ける。
「ゆっくりでいいんだよ。とりあえず今日は一本だけ、名前を覚えよう」
明日はもう一本。明後日はもう一本。
覚えたいと願うなら、覚えられる。
アルセリアも嬉しそうに笑顔を浮かべて頷いた。
「うんっ!」
その笑顔を眩しそうに見つめて、アルベルトは彼女の手を握った。
大切だと言ったことを、大切にしてくれる。
そんな君が愛しい。
その愛しさが少しでも伝わるように ―――― 。