ForestLond

ある日の仲直る森の中
 さやさやと風に揺られて優しい音を紡ぐ木々の葉に、その枝に座っていたアルセリアは頬を膨らませた。

「わかってるの!」
 短く言い切って、口元をきゅっ、と結ぶ。
 表情や身に纏う雰囲気は怒っているようだったが、その瞳に浮かぶ光はどこか悲しげだった。

「……わかってる。私が我が儘を言ってるってことは」
 そう呟くと同時に、頬を冷たいものが伝った。それでもアルセリアは瞳を閉じることなく、まっすぐと屋敷がある方向を見つめている。
 恐らく今頃はアルベルトも心配してるだろう。

 容易く想像できるだけに、アルセリアは手の平を握り締めた。

「アルセリア」

 ふと、聞き慣れた声が下のほうから名前を呼んだ。

 視線を降ろすと困惑したように、アルベルトが眉根を寄せて立っていた。慌ててアルセリアは涙を拭う。

「来ちゃダメだからね!」

 浮遊を使ってあがってこようとしたアルベルトに素早く釘を刺す。途端、悲しそうにアルベルトが顔を曇らせた。

「まだ怒ってるのか?」
「ちがうもん」

 ふるふる、と首を横に振る。

「だったら ―――― 」

 言いかけたアルベルトの言葉を遮って、アルセリアは「だめっ!」と拒否した。
 ひとつ大きなため息をアルベルトが零す。

「やっぱり怒ってるんじゃないか……」

「ちがうの! アルベルトに怒ってるわけじゃないよ? 怒ってるのは私が自分に対してなの! いっつもいっつもアルベルトに我侭しか言えない自分に対してなんだから…っ!」

 叫ぶように言いながら、アルセリアの瞳からはらはらと涙が零れ落ちる。
 アルベルトは驚いたように目を見張って、浮遊を使いアルセリアの前まで来ると、頬を伝う涙をそっと指で拭った。

「アルセリア」

 優しく、けれど毅然とした声で名前を呼ばれてアルセリアは涙で視界がぼやけながらもまっすぐアルベルトを見つめる。

「俺はアルセリアのわがままを聞いた覚えはない」

「そんなことないっ! いつだって私は……」
 わがままばかり言ってるもの!

 そう言おうとしたアルセリアの言葉はふっ、と優しく唇に触れたもので遮られた。
 驚いて、目を見張る。アルベルトの唇はすぐに離れた。

「わがままは聞いてない。俺が聞いてるのはアルセリアの可愛いお願いだけだ」

 途端、アルセリアの顔が一気に真っ赤になる。

「……ずるい」
 拗ねるように言う。

 そんな風に言われたらもう何も言えなくなる。

 アルベルトは苦笑して、「事実だから仕方ないな」と肩を竦めた。

「そんなに甘やかしたらそのうち絶対、アルベルトが困ることになるんだからね!」

 せめてもの抵抗とばかりにアルセリアはびしっと指を突きつける。

 アルベルトは片眉を上げて、笑った。そんな姿さえ可愛くて。だから意地悪がしたくなる。

「なんだ、アルセリアは俺を困らせたいのか?」

 そう言うと、「むむっ」と眉を顰めてアルセリアが唸った。
 『アルベルトを困らせること。』アルセリアにとっていちばん嫌なことだ。いつもそうならないように、努力しているから。

「アルセリーア」

 優しく名前を呼ばれて、アルセリアは腕を広げているアルベルトの胸へ飛び込んだ。
 強く抱き締められる。

 それが嬉しくて。
 アルセリアは思い出したように、ぎゅっとアルベルトに抱きつくと、その耳元で言った。

「……勝手に怒って、ごめんなさい」

 応えるように、アルベルトが髪を撫でる。

「気にしてないって言っただろう?」

 その言葉に、アルセリアは小さく頷いた。


 二人を包み込むように、優しい音を奏でながら風が森の中を駆け抜けていった。