向かい合わせのソファーで紅茶を飲んでいたアルセリアは、ことん、とカップを皿の上に置いて立ち上がると、黙々と本を読んでいるアルベルトの隣に移動して座り直した。
微かに傾いた重みに気づいて、視線を本に向けたままアルベルトが口を開く。
「どうかしたか?」
優しい口調で問いかけられる。
アルセリアは「なんでもなーい。」と短く答えながらも、アルベルトの腕から入り込み、身体をその胸に預ける。
「アルセリア?」
甘えるように腕の中で、すりすりと胸に頬擦りをしてくっついてくるアルセリアに戸惑うように声をかけた。
「邪魔しないから、こうしててもいいでしょ」
その言葉に苦笑を浮かべて、頷く代わりにアルベルトは頭を撫でる。
優しいその感触に、アルセリアは瞳を閉じた。
パラパラ、とまるで子守唄のように一定の間隔で本のページがめくられる。
(いつまで ――― )
髪を梳くように撫でられるその大きな手の平のぬくもりに、アルセリアは泣きたくなった。
(いつまで私はこのぬくもりを感じていられるだろう?)
失いたくない。
ずっと、傍にいたい。この森の中で、アルベルトと一緒に暮らしていたい。
ふと、本のページをめくる音が消えていることに気づいた。
訝って顔をあげようとして、ぎゅっ、とその胸に押し付けられる。強く抱き締められて ――― 。
「アルベルト? 苦しいよ、どうしたの?」
「約束しただろう」
唐突な言葉と、怖いほど真剣な声音に身じろいでいた身体がピクリと止まる。
「ずっと一緒にいる、何があっても離れないと」
堪えていた涙が溢れてくるのがわかった。それでも泣き顔は見せたくなくて、今度は自ら顔をアルベルトの胸に押し付ける。
ぽんぽん、と優しく頭を叩かれた。
かすかな不安にさえも気づいて、吹き飛ばしてくれるアルベルトに愛しさは募るばかりで。
その愛しさを抱き締めながら、ぬくもりに包まれて、安心した意識は夢の中へと導かれていった。
「……眠ったか」
腕の中から聞こえてきた寝息に苦笑する。
寝やすいように身体を横にさせて、頭を膝の上にのせた。
さらさらとすくった指から零れ落ちるアルセリアの柔らかな光を思わせる髪。残った数本にそっと口づける。
「誰が渡すか。アルセリアは絶対に守る」
アルセリアに言った言葉は約束。そしてこれは決意。
アルベルトは視線を部屋の窓から見える森へと向けた。
悠然とそこにある森は、まるでアルベルトの決意を見守るように静かな空気を纏っていた。