アルベルトは木の根元で、頁の分厚い本を読んでいる。
邪魔をする気にはなれず、アルセリアはいいことを思いついたとばかりに彼が寄り掛かっている樹を見上げて、楽しそうな笑みを浮かべた。
ぱらぱら、と降ってきた木の葉に、顔をあげる。
枝に座って本を広げているアルセリアの姿があった。
「……落ちるぞ?」
足をぶらぶらさせてアルセリアは笑顔を浮かべた。
「アルベルトがいるならだいじょーぶ♪」
「受け止める身にもなってくれ」
苦笑を零しながら、また持っていた本に視線を落とした。
その様子を見て嬉しそうに微笑むと、アルセリアは広げた本をそのままに、視線を森へと向けた。
森は、夏の景色から秋の気配に包まれていこうとしている。アルセリアは季節の変わり目の森の風景が気に入っていた。屋敷の部屋にいるよりも、こうして森の風景を見ているほうが幸せで ――― 。
最も、どんなことにしてもアルベルトが傍にいてくれる幸せに敵うものはないけれど。
そう思って、幸せの中に浸れる自分が嬉しかった。好きなものに囲まれることが出来る幸せ。
ふわり、と。風が吹く。
秋の匂いを運んでくるその風に、瞼を閉じる。
ふと、隣に気配が現れた。
目を開けなくても、優しく温かい気配が誰かはすぐにわかる。ことん、と彼の肩に頭をもたせた。
「アルベルト?」
名前を呼ぶと、「ん?」と優しく問い返される。視線は恐らく本のほうを向いているだろうけど、とアルセリアは目を閉じたままでもその姿が浮かんでいた。
「私ね、」
短く切って、心をこめる。
溢れるほどの想いを込めて。ゆっくりと、自分でもかみ締めるように言う。
「幸せよ、すごく。すっごく、幸せ」
アルベルトが驚いたような顔をするのがわかる。パラパラ、とアルベルトが持つ本が風にめくれる音が聞こえた。
だけど、それも一瞬のことで。
不意に肩にアルベルトの腕が回された。
触れ合う場所に熱がこもる。優しく吹く風がそれをぬくもりに変えていく。
「 ―――― 俺もだよ」
耳元で囁かれた低く真剣な声音に、泣きそうになった。
それでも、ぎゅっ、と。アルベルトの服の裾を掴んで、本当に言いたかった言葉を告げる。
「信じてね。私の想いと、私と過ごしてきた時間を」
空いてるほうの手で、アルベルトは裾を掴んでいた手を優しく放して、そのまま包み込むように握り締めた。
「信じるさ。アルセリアの想いと、今まで過ごしてきた時間と ――― 、これから一緒に過ごす時間を」
力強い声で言われて、アルセリアは泣くかわりに繋いでいる手にぎゅっと力を込めた。
(ああ、やっぱり私って幸せだね。)
そんな想いがこみ上げてきて、もう何が起こっても負けることはないような気がしてきた。
だけど、願うなら。
このままアルベルトと一緒にいられる幸せを ――― 。
アルセリアの想いを運ぶように、また風が優しく吹き抜けていった。