■プロローグ■
その日、セルアン家当主の目覚めはとても、幸せに満ち溢れたものだった。
なぜなら、夢のなかで今はもう亡くなってしまった妻と楽しいひと時を過ごせたからだ。
失ったときは、寂しさと悲しみに明け暮れて彼女の夢を見ることも苦しみでしかなかったが、長い時間の中でようやく夢や思い出の中の彼女と過ごす時間を幸せに思えるようになった。
もちろん、それにずっと浸っているわけではない。
仕事もあるし、何より前向きに生きるのがモットーでもある。そうして、彼女との愛の結晶でもある一人娘を守っていかなければならないという現実で、そうそう過去に捕らわれていることはできない。
けれど、夢の中に現れる彼女と過ごすひと時は確かに幸せな目覚めをもたらしてくれた。
それに、と一人娘を思い浮かべて呟く。
「マリア、どうやら私たちの娘を任せられる騎士は見つかったようだよ」
彼は窓の手摺にいる鳥に気づいて、くすり、と笑みを零した。
途端、幸せに満ち溢れた穏やかな朝を打ち破る声が屋敷中に響き渡った。