想い出はいつか還る。
だから、泣くことはないんだ。
僕が君を抱き締めているこの腕も。
触れた箇所から伝わる温もりも。

離れてしまえば、すぐに現にとけてしまう夢。

だから、そう。
――― だから、忘れてしまって。


 「さようなら」
その言葉をかみ締めるように。
僕は目の前で驚愕に目を見開く彼女に言った。

草原に覆われた丘。街を一通り見下ろせるそこは、
二人だけの秘密の場所。
風は今日も穏やかで。
二人でいつも会う日と、何も変わらない。

 「……うそ、」

嘘よね。

震える声が、胸に響く。
最後まで声にならない言葉で ―― 、戸惑ったような笑みを
浮かべて。

 『うん、冗談だよ』

そう、言えたなら。
今、心に重くかかる苦しみは消えてしまうだろうか。
―――― わからないまま。
僕は言いたくもない言葉を真実だと、告げる。
 「そう思いたいのは自由だけどね。でも、これは現実なんだよ」

これが嘘偽りの世界だったら、僕は君を幸せにできただろう。
でもこれは現実。
僕にあげられるものは何一つ無く。
だけど、望みだけはあるから。ただ、ひとつの。
 「愛してるのっ! 行っちゃヤダっ! 行かないでっ!」
彼女の声が草原に響く。

踵を返したまま、振り返ることも前を歩くこともできない自分は、
ただ、その声を。言葉を胸に刻む。

 『僕だって愛してる。行きたくない ――― 傍にいたい!』

本当に返したい言葉は、この身体を貫くように。
悲鳴をあげていて。
でも、全ての気力を振り絞って、押さえ込む。
…………吐きそうだった。

何もかもを捨てて、愛していると。
他には何もいらないと告げて
――― 抱き締めて。

そうできたら、
――― それで君が幸せになるのなら。

だけど、いつも最終的に脳裏に浮かぶ答えはひとつなんだ。

 「僕はそれを言えない」

だから。
……だから「さよなら」とただ繰り返して、足を踏み出した。



風は今日も穏やかで。


 「……王子っ! 敵が攻めてきますっ!」
臣下の言葉に我に返って、前を見る。
確かに、剣を持った幾千の兵たちがこの、小さな砦に向かって雪崩れ込んでくる。
 「いいか。ここは絶対に通すな。王城には大切な人たちがいるんだ。その人たちを守るためだ。
 命を張って死守しろっ!」
砦に残る数十の兵たちに聞こえるように全身で叫ぶ。

すまない。
方法はひとつだ。最後の砦で敵兵を全滅させる。

兄の、王の言葉が脳裏を掠める。
志願したのに特別な理由があったわけじゃない。
ただ、守りたかったから。
家族を。愛する人を。

望みはひとつ。
失いたくなかっただけだ。

僕の手に残されたこの方法を君は嘆くだろうか。
君は優しいヒトだから。
いくら敵であっても。命は同じだと、笑うヒトだから。
そんな君を嘲笑うようなこの方法を使ってしまう僕を君は憎むだろうか。
自分勝手な、僕を。

 「僕は君の優しさが好きだった。君のように優しくなりたかった……」

どんなに願っても。
祈っても ――― 手に届かないけれど。

 「王子っ! もう限界ですっ!」
剣を振り回しながら、飛び込んできた敵兵たちの相手をする臣下の叫びに、
動きを止めて大きく息を吸う。


風は、今日も穏やかで ――― 。



 「爆破ぁぁぁぁぁぁぁ ―――― っ!!!!」



いつものように、あの草原で。
寝そべり、夢を見よう。
今度こそ永遠の。
そう、だって想い出はいつか還るもの。
だから、泣くことはないんだ。

僕が君を抱き締めたこの腕も。
触れた箇所から伝わる温もりも。

全て、君の元へと還るから。