「おー、いい天気だなあーっ」
ザァーッ、と波寄せ合う海までバイクを走らせて、堤防に二人並んで座りながら心地いい潮風に大きく伸びをする。
「うーんっ、気持ちいいねー」
「特に授業サボった後はなんともいえねえよなー」
「サボったのは私でーす」
はーいっと、手を挙げる。そこで、あれ、と首を傾けた。
「カイ、制服着てるの? 珍しいね」
その言葉に「今更かよっ」と苦笑されて、白いシャツの裾に手をやってぴん、と伸ばした。
胸ポケットにはカイが通う進学校のマークが刺繍されている。夏でも冬でも青いネクタイ着用のはずだけど、それはしっかり外されて、胸ポケットの中に折り畳まれていた。ズボンは黄土色。
1年後には必ず行くと決めている高校の制服。
「……今日、届け出してきたんだ」
―― 珍しい。
そう言ってしまった少し前の自分を後悔した。
カイが制服を着るその意味をわかっていたはずなのに。
あまりにもそれが突然すぎて、心の準備ができていなかった。
ただ、光を受けて煌く海に視線を向ける。
「ついでに、おまえと、制服デートしようかと思って」
「それで、海?」
「っていうより、本命はあ・そ・こ」
やたら可愛らしい声で言われて、視線を移す。カイが見ている場所を追いかけて、自然と笑みが浮かんだ。
「えー。こんな日にそんなことー?」
「ばっか。こんな日だからだろ?」
海沿いにある街の中でも高級なホテルのひとつ。
カイが示したのはその最上階。
最上階には夜景がキレイに見える高級レストランがある。高級、といっても、正装でなくても入れる値段ちょっと高めというくらいのものだけど。高級と付くのは、そのレストランが夜はジャズを聴かせる大人の雰囲気漂う場所に切り替わるから。
「制服でいいの?」
「俺がミスするはずなーい。ちゃんとホテルの部屋に着替え置いてるって。第一、制服で行ってみろ。新しい趣向ですかって、嫌味言われて俺は間違いなく親に通報されちゃうだろ」
そりゃそうねーっと、呆れながら、頷く。面白ければオールオッケーというカイの性格でも、親に通報は勘弁らしい。いくら、放任主義とはいえ。そうは言っても、通報されて、泣きつかれることのほうが、面倒なだけのくせに、とその用意周到さを思って、笑う。
「んー。カイ」
「俺が行きたいっていってんの。心配すんな、大丈夫だよ」
ふっとそれまでのからかい口調が真剣なものに切り替わって、まっすぐ目を見つめてくる。その灰褐色の瞳を見つめ返して、手を差し出した。
「では、執事。私を連れて行きなさい」
「……おい」
不満そうに声を上げるカイに笑って、立ち上がった。
海は相変わらず、引いては返す潮騒の音を切なく響かせている。
「あと一年間は私、何も言わない。そう約束、したでしょ?」
「そっから先は俺の言葉には従わないって?」
「うん。今だけ、今だけだよ」
ぽん、ぽんと頭を大きな手の平で叩かれる。優しいその感触に、胸が苦しくなった。
「では、お嬢様。まいりましょうか?」
ぎゅっと手を繋がれる。
その冷たい感触に ―― ひんやりとした感覚に、ぐっと涙を堪えて、あははっ、と笑った。
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