なるほどねーと、カイは手馴れたように鍵盤のうえで手を動かしながら注がれる好奇心 ―― というより、探るような視線に心の中で苦笑した。
少し前、レストランのテーブルに着いたときに優がまずいっと零して顔を強張らせた。その視線を追えば、店の中央の段の上にあるグランドピアノの側にあるテーブル席に座っている一組の親子 ―― 外見から想像すると三十は過ぎてる夫婦と、幼い女の子、そして優と同じくらいの年齢と思える少年ひとり。恐らく、その少年が同級生か。推測して、夫婦の身なりを見る。医者かな、と外見だけで判断できる自分の特技に疑うこともなく、思う。給料日か、記念日か。奮発して、家族でお楽しみ、というところか。
そう視線を向けると、優は同意するように、苦笑して小さく肩をすくめた。安心させるようにぽんっと、軽く頭に手の平を乗せてやる。その仕草が好きだと言われてから、どうも癖になったみたいだった。それでも、嬉しそうに微笑む優の顔を見られるなら、かまわないことだけど。
「やめとくか? 今なら、大人しくテーブルに座っとけば、この暗がりだからわかんねえぜ?」
制服姿から一転、白いドレスに髪を紅くルビーの煌く髪飾りでひとつに結わいている姿はいつもより、大人びている。暗がりの中なら、同級生といえども、気づきにくいだろう。
「もともと奉仕活動だし。マネージャーが拗ねるだけで」
「さっきね、そのマネージャーさんから、ここの常連さんでリクエストを貰ってるんだけどって相談されたの」
「事前にってのは珍しいな」
大抵は曲が始まってから、その音が気に入った人間がリクエストをしてくる。優も頷いて、一枚の紙を渡してきた。その紙にさらり、と書いてあるリクエストナンバーに苦笑する。
「これってさ」
「うん。多分、その常連さん、この機会にかけてるんだと思う」
しゃーないなーと髪をかきあげる。
「カイ?」
「ああ?」
呼びかけの先を促すと、突然、頬に柔らかいものが触れた。
「今日はいつもより、極上の甘さでお願いします」
「俺は他人のプロポーズが失敗しようがどうなろうが知ったこっちゃねえって」
「でも、成功したら、私たちはその夫婦の思い出の欠片になれるよ」
嬉しそうに微笑む優に勝てるはずもなく、諦めた溜息をひとつ落として、にやりと口の端をあげた。
「成功報酬は、おまえだからな」
「えー。私の成功報酬は?」
「俺」
決まってるだろ、と笑って言えば、同級生のことなどすっかり忘れた優は顔を真っ赤にしながら壇上のマイクに向かった。その後に続いて、ピアノに向かう。
特別な夜に、と告げながら弾き始めるメロディーに乗せて、甘やかな歌が響き渡った。
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