君がいる幸福

 机のうえには大量の参考書やら問題集やら。
 ぱらぱらっと端に置かれた分をめくってみると、すでに終了済み。一体いつの間に終わらせたんだか、と呆れてしまう。

 優がこうして大量の問題集に埋められるのは、授業さえ時々放棄して一緒にいるせい。だけど、それを愚痴ひとつ言うことなく、手早く終わらせているのは、一緒にいられる、その時間を大切にしてくれているからだとわかってる。だから、それを「自分のせいだ」とは思わない。思えない。嫌なら嫌だと、はっきり言うことができる意思があるのを知っているから。そう思ってしまえば、優に悪い。罪悪感で一緒にいるなど、お互いまっぴら御免というやつだ。 だから、課題をしているときは、何も言わずに見守るようにしてる。最初から時間を決めて、或いは量を決めて自分の裁量でやってるから、それを待つくらいの時間は苦にはならなかった。

 ――― むしろ。
 ふっ、と床に散らばっているチラシが目に入った。手に取ってみると、いくつか赤丸印がつけてある。思わず眉を顰めてしまった。

 「なあ」
 「んー?」
 課題に視線を向けたままの返事を受けながら、ごろりとソファに寝転がる。

 「どっか行きたいのか?」
 「アイスクリーム食べたいなー」
 「いや、そうじゃなくて。この旅行のチラシ」

 近くのアイス屋を主張してきた優に苦笑して、ひらひらと持っているチラシを揺らす。それだけで、何のことかわかったのか「なんだ…それのこと」と気のない返事が返ってきた。

 「お母さんの誕生日にお父さんが旅行をプレゼントしたいんだって。勿論、行くのは夫婦でだけどね。で、仕事で忙しいお父さんの代わりに私が選ぶことがプレゼントーってことかな」

 そう答えながらも、問題を解いているペンは動いていた。空気がふわりと変わって、嬉しそうに言っていることは丸わかりだったけれど。その言葉に、ほっと息をついて、それでもまだ気にかかる気持ちを抑え切れなかった。

 「おまえは?」
 「え?」

 「……この夏休み、どっか行きたくねーの?」

 もともと、どちらも出不精ではあるが、青春真っ盛りの優が市外、県外、どっかへ行きたいと思っていても、当然のはず。だけど、そう問いかけた口調が少し抑揚を失くしたことは、どうしようもなかった。

 「だーかーら、アイスクリーム屋さん。アイスが食べたいんだってば!」
 しーつーこーいという棘を含んだ口調で言われる。それが本気であることは確認しなくてもわかった。嘘も誤魔化しも、わかりすぎるくらい顔に出てしまうから。
 自然と頬が緩む。

 「お手軽だな、おまえは」
 「尻軽な男にはうってつけでしょ」

 むっと頬が膨らむのを目の端で捕らえながら、くっと喉が鳴った。ソファから起き上がって、床に座り込んで硝子テーブルの上の課題と睨めっこしている優の後ろに回り、抱き込んだ。肩に顎を乗せる。

 「いま邪魔したら、今日は深夜の二時まで私、これしてるからね」

 きっぱりと断言されて、「わーってるよ」と曖昧に返事をすると、慣れたように、再び意識を課題に戻していった。そうはいっても、頬が赤く染まっているのを見逃すわけがない。

 どこにも行かなくても、ただ傍にいるだけで幸せを噛み締めているこの瞬間を心から愛しいと感じられた。







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