たどり着く想いの、先

 ――ココって。
 リクさんの戸惑いの声を聞きながらも、私は何も応じずに先を歩いていく。自信がない。あのときは、ただ透夜に手を引かれてついていっただけだから。
 うろ覚えながら、道順を思い出して進んでいく。
 間違えていなかったようで、やがて少し高台になって海が見下ろせる場所にたどり着いた。白く、きれいな石には、橘と刻まれている。生き生きとした花々に囲まれていて、おばさんが毎日のように訪れていることがわかった。
『約束しちゃったのよねぇ。あんたが死んだら、毎日のように花を捧げにくるって。花で囲んで目立たせてやるんだからって』
 冗談のようにつむがれた言葉。花があまり好きではなかったカイに、だから生きていてと望んだ末の言葉だった。わかっていたからカイも『そんな恥ずかしいことされたくねぇ!』と、笑っていた。素直に生きていて、と。生きていたい、と言葉を交わすには、現実はあまりにもつらすぎて。
 約束を守り続けるおばさんの胸中は私には推し量れないけれど、きっとこのお墓は両親が亡くなるまで、花に囲まれ続けることだろう。

「……私、カイが亡くなって最初に訪れて以来、来たことなかったんです」
「優ちゃん……」
 ひとりでこの場所に立ったら、自分がどうなってしまうのか自信がなかった。怖くて、不安で。優しくて愛しかった、二人の時間が悲しみに呑み込まれてしまいそうで。
 握り締めそうになる手が、そっと、まるでそうすることが当たり前のように、リクさんの手に包み込まれる。
 手のひらから伝わるぬくもりに、不安に思っていたすべてがやわらかく、とけていく。
「もし、リクさんがカイに似てたら、私はきっと、かいりのときほど冷静になれなかった」
 もちろん、かいりに最初に会ったときは動揺したけれど、そのときとは比べものにならないくらい、混乱したと思う。
「僕が彼に似てなかったから……好きになってくれた?」
 自信のない、弱気な声。
 思わず彼に視線を向けると、青い瞳が悲しげな光を宿していた。それに気づいて、私は首を振る。
「かいりに会って、気づいたんです。似てるとか、似てないとか関係ない。私は、リクさんだから心が動かされるんだってことに。歌おうと思ったことも。また、誰かを好きになれたことも」
 他の誰かじゃなくて、リクさんだから。
 繋がれたままの手に少し力を込めて、ギュッと握る。
 リクさんの瞳が輝いて、彼の顔に優しい微笑みが浮かんだ。胸がとくん、と高鳴る。
「――この場で言わせてくれる?」
 ふと、真剣な口調で問いかけられる。その内容はたやすく推測できて、彼の瞳を見つめたまま、うなずいた。ゆっくりと、まるで一言一言に想いを込めるように言葉が紡ぎだされる。

「僕、時村陸は篠原優を心から、愛しています」

 まっすぐな告白に、カイを失って、ぽっかりと空いたままだった心がゆったりと満たされていく。伝わってくる優しい彼の想いが、胸の中でいっぱいになって感情を溢れさせる。頬に伝わる涙をそのままに、私も、と口を開いた。
「私も、リクさんを――」
 言おうとした言葉が、ふとリクさんの指先に止められる。
唇にそっと置かれた指先に疑問を感じて、彼を見ると、苦笑いを含んだ笑みを浮かべていた。いいんだ、と呟く。
「この場所で君がそれを言うと、せっかく眠っている彼が起きてしまいそうだから、今はまだ言わないでいいよ」
 冗談混じりの言葉は、彼の優しさだとわかる。
 それに、私自身、リクさんを好きでも、愛していると口にできるほどまだ、彼と向き合っていないかもしれない。そう気づいて、彼を見れば、それが正解とでもいうように、青い瞳が優しく煌く。
「いつか、きっと言ってくれるって信じてるよ」
 未来を信じる言葉。
 あの頃の私は、未来よりその一瞬一瞬が大切でそのとき想ったことは口にしないと時間が足りないと感じていたのに。
 今は、一緒に歩いていく時間があると信じられる。まだふたりには、向き合ってわかりあう時間がある。そのなかで、――愛してると想いが溢れてくる瞬間が訪れる。いつか、きっと。
 そんなふうに信じることもいいかもしれない。
「じゃあ、せめて誓いの――」
 唇に触れている彼の指を握って、爪先立ち、リクさんの唇にキスをする。
「優ちゃん?!」
「夢うつつでもなくて、熱が見せる幻とかでもなくて、本当の、キス」
 私がにっこり笑って言うと、驚いて目を丸くしていた彼もやがて苦笑して、照れ臭さを隠すように前髪をかきあげる。
「ほんと、君には勝てないね」
 諦めたような囁きが落ちてくる。
 見つめてくる瞳には愛情が込められ、その熱にとろけそうになりながら、今度は落ちてきた唇をしっかりと受け止めた。







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