楽譜を破っていく。小さく、細かく。
短い時間だったと思う。
もっと、ずっと一緒にいたかった。彼のために、いっぱい歌を唄いたかった。たくさん、愛してると伝えたかった。叶えられなかった願いは数え切れないくらい残ってる。
――でも、後悔だけはしていない。
許される限り、傍にいた。最期まで、彼のために唄い続けた。溢れるほどの愛を身体で、心で、あのときの精一杯で伝えた。
ふわりと、風が流れていく。
手のひらを掲げると、風に煽られて小さな紙片が飛ばされていった。細かな紙片、一枚、一枚が彼とのひとつひとつの思い出。
「カイ……」
目をつぶる。
彼に抱き締められている気配を感じる。気のせいだと知っていても、胸が切なく痛む。
『――俺は、おまえを』
あの先にあった言葉。
ずっと、考えてた。知りたかった。だけど、ほんとうはわかってた気がする。カイはいつだって、私を。
「カイ、愛してくれて有難う」
言いたくて、言えなかった言葉。
言ってしまえば、私とカイは終わってしまうと思った。彼を失ってしまうと――。
瞼を持ち上げる。青く広がる海に光が煌いていて、その眩しさに目を細めた。
(あぁ、この光景……。)
あの曲が浮かんだとき、カイと見た風景。
Last Years Love−海に還る−。
最期の瞬間まで、彼は愛し続けてくれた。私を想って、愛して、幸せになれるように考えてくれた。いくつもの道しるべを残して。
いつだって温かく見守ってくれていた両親はもちろん、カイの両親。おじさん――透夜、それから、かいりも。
リクさんへの愛に気づけるように。新しい愛を失わないように。
なによりも。
「約束する。私、幸せになる。リクさんと一緒なら、大丈夫。そう思えるの。だから、この愛は海に還すよ」
カイが願ったように。
彼の最後の願いを叶えるために――。
感じていたカイの気配。
ふっと笑ったような気がした。きっとあの、ほんの少し意地悪な顔をして。
『優、幸せになれ』
そんな囁きが聞こえたような気がして――残っていた一枚の紙片が風に運ばれていく。同時に、男は引き際もかっこよく決めるんだ、その口癖通り、カイの気配も消えていった。
あとがき
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