幼馴染最前線(4)

幼馴染とパーセンテージ

「そろそろ帰らないと、怒られるよ」
 ねぇ、と机に頬杖ついて窓の外に見える校庭を眺めている彼の腕を掴んで促がす。だけど、応じる様子もないその横顔に溜息が零れる。
 本当なら勝手にすればいいとでも言って放っておくところ。できないのは、頬杖をついていない彼のもう一方の手ががっしりとした強い力で私の手を握っているからだ。繋いでいるというようなそんな優しいものではなく、下手したら潰れそうなほど、僅かに痛みさえ感じるほどに握られている手の力は強かった。放してよ、と訴えても脅しても怒っても、泣きそうな顔で言ってみてもどれも効果がなかった。
( ――― まったくどうしたっていうのよ。)
 手を握ったまま、返事一つない彼に何度目になるかわからない溜息をつく。
 見回した教室はそろそろ全生徒下校時間になるせいか、誰もいない。それが不幸中の幸いだった。こんなところ見られたら、恥ずかしすぎる。最も、握られているのは机の下からだったから、よほど近づかれない限りわからないかもしれないけれど、それに彼とは幼馴染。こうして面と向かって傍にいたところでそうそう怪しまれるようなこともない。二人のいつもの、距離だから。

「……今日の昼休み、告白されたんだって?」

 ようやく発した彼の声は、事実を口にしているにしては緊張感を多分に含んでいた。
 ハッと息を呑んで視線を合わせる。真っ黒い瞳の奥には怒りに燃える炎のようなものがちらついているように思えた。それに飲み込まれてしまって、何も言えなくなる。繋がれた手の平が汗ばむのを感じた。
「なんて答えたの?」
 何も言えないでいると、続けざまに問われる。その口調は、苛立っているように聞こえた。このまま沈黙を守り続けているわけにもいかず、下手したら凍りついてしまいそうな唇をどうにか動かす。
「……好きな……って」
 むりやり動かしたせいか声は、相手に届く前に消えてしまう。
「聞こえない」
 案の定、スッパリ切り捨てられた。
 ムッと、怒りが沸き立つ。同時に泣きたい気持ちもこみあげてきた。
 好きな人がいる、そう告げれば、きっと目の前の幼馴染は躊躇いもなく「だれ?」と訊いてくるのは間違いない。そう訊かれたところで答えられるわけがないのに。
 幼馴染の関係は思ったより厄介で、その関係が壊れたら、と一歩踏み出す勇気がなかなか持てない。どうしようと迷っている矢先に、こんな状況に陥るなんて思ってもいなかった。
「教えて。なんて、答えた?」
 ゆっくり区切られて再び問われ、我に返る。
 じっと、心なかを見透かそうとするかのようなそのまっすぐな目に、どきりと胸が高鳴った。
「 ――…… 好きな人がいるって」
 空いている手をどきどきと早鐘のように鳴る胸に添える。
 次に予測される質問に備えて心の準備をした。
 誤魔化すか、もうここで正直な気持ちを口にするべきか。左右に揺れる心の判断がつかないまま ―― けれど、次に相手から告げられた言葉は予想とは明らかに違うものだった。

「40%合格」

「 ――― は?」

 なにが。
 ――― 40%?
 聞き間違えたのかもしれない、とは思いながらそんな言葉を聞き間違えるはずもないと思いなおす。
「意味がわからないんだけど」
 正直に言うと、彼はにやりと笑った。
「彼氏がいる、で60%。僕がいるで90%。僕を愛していて僕意外に興味がなく、将来的には結婚する約束があるから、で100%かな」
 続々と紡がれる言葉は最早理解不能 ―― 。
 っていうか、さっきまでのシリアスなシチュエーションはなんだったんだ、と呆れずにはいられなくなるくらい気楽な口調で言われる言葉には戸惑うしかない。
「あの……、いつのまに、そんなことに?」
 呆然とするあまり、そう返すことしかできない。
 混乱している私とは違って、彼は当然のように言い切った。
「僕と君が出会った瞬間に決まってるよ」
 出会ったのは、幼稚園の入園式。
 ふとふたりが出会ったときの思い出よみがえってくる。そんなときから両想いだったなんてまったくわからなかった ―― 。
 思わず、至極当然の疑問が口をついて出ていた。
「好きって言われたことないんだけど?」
 想いを確認しあったわけでもないのに、彼氏云々の話になるわけないじゃない、と非難を込めて言えば、彼は目をぱちくりと驚いたように瞬かせる。その表情に驚いて、もしかして言われたことあったっけ、と過去の記憶を引っ張り出し、言葉を交わした一言一句さらってみるけれど、やっぱり言われた覚えはない。最も、言われていれば、これまでの葛藤はとっくになくなっていたはず。だから、疑問は当然のもので、ここまで驚かれるようなものとは思えなかった。

「なに言ってるの」
 呆れたように返されて、えっ、と顔をあげる。
 これまで見たこともない、とろけるような笑顔を浮かべて、彼は口を開いた。
「当然だろ。好きだって、そんな言葉で僕の想いが片付けられるなんて冗談じゃない」
 一瞬意味がつかめずに眉を顰める。ゆっくりと言葉が脳に浸透し、初めてかっと頬が熱を持つのを感じた。
「はっ? えっ……ええっ?!」
「僕の君への想いは愛だよ、愛。100パーセントを越えた、ね」
 思いもがけない告白に更に付け足された言葉で頭の中は真っ白になり、じゃあ帰ろうか、と手を繋がれたまま家に引きずられていく途中の記憶はまったくなくなっていた。