「だって、しょうがないじゃない」
アルセリアは頬を膨らませて拗ねるように言った。
傍に誰がいるわけでもないけれど。まるで、言い訳をするかのように。
「イチイの実がなかったんだもの。あれはアルベルトの好物なのよ。ご馳走を作るには必要なんだから」
風が一陣、アルセリアの髪を揺らして吹きぬける。
屋敷の外に出た彼女を心配するように。その風は不安な想いをにじませていた。
「だいじょうぶよ、わかってるから。すぐに戻るって」
広大なこの森も、ある程度まではアルセリアの庭といってもいい。まして、アルベルトの好物のイチイの実が生っている樹もその範疇にあった。
それを採って、屋敷に戻るまでそう時間はかからない。
その想いが、アルセリアから警戒心を奪っていた。
「 ――― ほら、あったわ」
すぐに片手でもてるほどの形をした実を幾つか枝につけている木を見つける。
アルセリアが見上げると、先ほどとは違う風が鋭く吹きぬける。その風を浴びて、ひとつの実が重力に従って落ちる。
アルセリアは両手で受け止めると、籠の中に入れた。
「ありがと、あと2つほど。お願い」
その言葉を合図にまた風が動いた。
目的の個数を籠の中に入れると、アルセリアは「さ、帰ろう」と踵を返した。
ふと、脳裏に映像が閃いた。
「……あっ!」
途端、アルセリアは駆け出した。
―――― 屋敷とは反対の方へ。
「森の入り口で、女の子が襲われてるのよ?! 放っておけないっ!」
全力で走りながら、アルセリアはそう叫ぶ。
アルセリアが見た映像。
森の入り口で、幼い女の子が数人の男たちに囲まれていた。
泣いていた顔。怯えていた身体。
映像を通して伝わってきた女の子の恐怖に同調してしまったアルセリアは、助けに行くことで頭がいっぱいだった。
……『そのかわり約束してくれ。森の出入り口になる境目には行かないと』……