■ エピローグ ■
結局、肋骨を折ったマックスは侯爵邸で数ヶ月の休養を要した。
その間、ユリーナが甲斐甲斐しく世話をしていたけれど、屋敷のなかで悲鳴や騒音が鳴り止まず、最終的には彼の世話は侍女たちが行う羽目になったものの――。
ユリーナはベッドの端に座って、手紙を読んでいた。
「で、殿下はなんて?」
「レイに説得されて、王を継ぐ決心をしたって。巻き込んですまなかったって書いてあるわ。それに、マックスに飽きたら、いつでも自分を頼ってきてほしいですって」
「懲りないね」
肩をすくめて苦笑するマックスは以前ならそんなわずかな動きにも顔を歪めていたことを思い出すと、大分容態は良くなっている。
ユリーナはほっと胸をなでおろしながら、手紙を折り畳んでいく。
「本当に良かった? 世界中の女性が憧れるプリンセスになれる機会だったのに」
つまらなそうに言うマックスの横顔は明らかに不満そう。というより、少しおびえが入り交じっている。今にもユリーナが彼の傍を離れて王宮に向かうんじゃないかと危惧しているのかもしれない。
ユリーナはそんなふうに、彼の気持ちが読みとれるようになったことが嬉しい。
布団の上に置いているマックスの手を取る。
「マックスの傍にいたいの。――だめ?」
恐らく今までだったら自分の気持ちを素直に口に出すことは躊躇っていた。けど、離れていた間に何度も思ったから。言わないで、伝えないで、後悔するのはイヤだと。
今までとは違って、マックスも素直に感情を込めて、ユリーナに接してくれるようになった。理由は教えてくれないけれど。
今も、マックスの手を握ったユリーナの手は優しく握り返されて、甘い光の揺らめく瞳で見つめられる。
「だめじゃない。傍にいてほしいし、もう離したくない。ユリーナ、あれは僕があげた最後の機会だったんだよ」
「どういう意味?」
「――僕から逃げるための」
思わず噴きだしそうになって、ぐっと堪える。
そんなもの、必要なかった。マックスから逃げようなんて思ってなかったから。だけどその返事は言葉にしないで胸に秘めておこうと決める。
代わりに、ユリーナはにっこりと微笑む。
「そうだ。ひとつだけ、願い事を聴いてくれる?」
「いいよ、僕もお願いがあるから」
彼の言葉に、ユリーナの好奇心が騒ぎだす。
ユリーナがお願いすることはこれまで数えきれないほどあっても、マックスが彼女に願うことは珍しい。というか、ほとんどない。
「え? なになに? 先に言って?」
マックスは勿体ぶる様子も見せずに、すんなりと口を開く。
「ユリーナを連れて行きたいところがあるんだ」
そうして、見せたいものがある、と続けるマックスはとても大切な宝物を教えてくれるかのように、優しげな表情をしていた。
直感でそれこそが、マックスを変えた何かだと気付いて、だからこそユリーナはあえて何も聞かずに、うなずく。彼にとって大切なもの。それはきっと、ユリーナにとっても大切なものになるだろう、とわかるから。
彼と二人で見るその瞬間まで、楽しみに待っていたい。
「ユリーナの願いごとは?」
「これから先、なにがあってもこの手を離さないでね」
握り合っている手に力を込めて、お願いする。
もう離れるなんて、二度と考えないでほしいし、考えたくない。
このハイデンホルムで、マックスと一緒に過ごしていく毎日を大切にしていきたい。
「必ず、叶えてみせるよ」
――いつも。
ユリーナの願いごとを叶えるときに告げていた言葉で頷くと、マックスは誓うよ、と続けてユリーナの唇にそっとキスを落とした。