闇が深まる頃。
潮の薫り漂う港 ――― 。
穏やかな波の動く、海の。その中から、一人の人間が泡のようなものに包まれ、浮かんできた。泡の中では、少年がぐったりと横たわっている。泡はゆっくりと、少年を港のコンクリートの上に運ぶと、パチン、と微かな音を立て、弾けて消えた。
「うっ…、ごほ。ごほっ!」
消えると同時に、少年は激しく咳き込んだ。
大量の水と、それに混じった赤い血があふれ出る。
コツン。
ふと、少年の傍にもうひとり現れた。
纏う雰囲気は不気味なものだったが、その容姿はとてつもなく美しかった。女とも、男とも区別がつかないくらいに。
「こんなところまで逃げてくるとは。無駄なことを」
嘲笑しながら、少年の腹に足を乗せる。
「付き人と一緒におとなしく捕まっていれば、こんな苦しい目に合わなくてもすんだのに。なあ?」
ぐっ、と。足に力を込めた。
「ぐあぁっ…!」
少年は痛みに呻いた。
ごほっ、更に口から赤い血が噴き出す。
その姿を愉しそうに見つめるてくる存在を苦しそうに眉を顰める少年は、薄れる意識の中で捉える。愉悦に含む笑い声が否応なく聴覚を刺激してきた。
一人の少女の姿が思い浮かぶ。逃げてっと必死の形相で自分を逃がしてくれた、彼女の姿。けれど、それを最後に少年は深い暗闇の中へ意識を落とした。
「おや、少しやりすぎたか」
つまらなそうに言って、少年の様子を見ようと屈み込んだ瞬間、その刹那に異変が起こった。
「なにっ?!」
少年の周囲に風が起きて、数メートル先に吹き飛ばされた。地面に叩きつけられるのは免れたが、その衝撃にふらつく。
視線の先で、少年が眩い光に包まれている。
「くっ、待てッ!」
なにかの予兆を感じて、そう叫んだ。
呪文をかけようとしたが、間に合わずに光は消え、少年の姿も見当たらなかった。訝って、周囲を見回しても気配ひとつ掴めずに、諦めたように息をつく。
「邪魔者か。まあ、どちらにしてもあいつは自らやってくるだろうさ。愛しい付き人を取り返しに、か」
意味ありげな笑みを浮かべて、そう言葉を残すとともに姿を消した。
規則的な波の音だけが夜の帳に響き渡る。
遠くに見える町の明かりに焦がれるかのように ――― 。その音は切なく。