セリカ……。愛してるよ ―――。
愛する人を乗せたボートが離れていくのを、切ない想いで見送っていたクリスは、不意に肩に手を置かれて振り向いた。
「ちっ……父上!?」
とっくにボートに乗り込んだものと思っていた人がいたことに、驚愕する。
「何してるんですかっ、どうしてボートにっ……!!」
動揺する息子を制して、彼は言った。
「クリス。時間がない、こっちへ来い!」
戸惑う彼を引っ張るように、レイズ氏は反対側へ連れていく。
そこにはまだ2隻のボートが残されていた。女性ばかりではなく、男性も数人乗り込んでいる。
「私の代わりに乗るんだ」
唐突に告げられた言葉を理解できず、信じられない想いでクリスは父親を見た。
「なっ……!」
「クリス、よく聞け。私はひとつの過ちを犯した。それはお前も知っていることだ」
(こんな時に何を言い出すかと思えば ―――!)
だが、真剣な彼の瞳にクリスは言葉を飲んだ。
「お前には信じられんかもしれんが、私はいつも後悔していた。もっとあれを愛してやれば。もっと、振り向いてやれば……とな」
もしも、セリカ嬢の歌を聞かなかったら、私はもう一つの後悔をしているところだった。
「今さら遅いかもしれんが、私はあれの傍に行って謝りたい。だからこの船に残る。だがお前は、セリカ嬢を幸せにする義務がある。そうだろう?」
「父上っ……しかし!」
反論しようとする息子を制して、レイズ氏は更に続けた。
「彼女と幸せになれ。それと、私の最後の我侭だ。会社を頼む」
私たちの会社には何十万という従業員がいる。彼らを頼む ――――。
そう言うと、レイズ氏はクリスがセリカにしたように、腹部を殴った。
「父上っ ――― !?」
気を失う寸前、クリスは初めて彼の幸せそうな微笑みを見た。
それは昔、あんなにも憧れた父親が息子を愛するときに見せる、慈愛がこめられた微笑み ――――。
……それから、セリカたちとは違う救助船に助けられたクリスは、すぐに彼女に会いに行こうと思った。だが ―――。
泣き崩れるセリカを遠くから見つけたとき。
駆け寄りたい衝動を抑えて、必死に我慢して、クリスは別の方向へ歩き出した。
「許して欲しい……。セリカ……」
もう少しだけ、待っててくれ。我侭だとわかってる ―――― だけど、父上の最後の望みを叶えたい。会社を背負えるようになり、全てがうまくいったら。
きっと、迎えに行くから ―――――。