BACK | NEXT | TOP

Word Lond

00 プロローグ

 お気に入りの丘の上。
 丸く輝く月の光を浴びて、見下ろす街の姿はとても美しく思えた。その中でもいっそう輝いて見える城と月の、神殿。

 けれど、と。ため息が思わず零れ落ちる。

 「どうかしましたか?」
 不意に後ろから抱き締められた。聞き慣れた優しい声音と、包み込まれるような温もりに振り返ることなく、身体を預ける。
 「……ひとつ聞いてもいい?」
 恐らく、今から自分がいう言葉は彼を困らせるものだとわかっている。答えが変わらないということも。それでも聞かずにはいられないのは、恋する想い故か。
 肯定の頷きが返ってきて、問いかけようと思った唇が途端、言葉の重さに躊躇って閉ざされる。
それに気づいたのか、ふと抱き締めてくる腕に力がこもった。それでも優しい抱擁で。

 「愛しています。誰よりも」

 耳元で囁かれる言葉は、力強く。信じられる音が込められていた。
 勿論、それはわかってる。でも聞きたいことは ――― 、自分がどれだけ幼いか自覚させられるもの。
 その腕に手を添えて震える唇で、ようやく口を開く。
 「何よりも? この世界よりも?」
 クスリ、と苦笑する気配が伝わってきた。
 困らせるだけだとわかってはいたけれど、それでも聞かずにはいられなかった。何度目としてきた問いかけでも。我侭だとわかっていても。
 そうして、同じ言葉が返る。
 「言ったでしょう。私は何よりもこの世界を愛しています」
 その言外に「あなたより」という言葉がありそうで、それ以上は何も聞けずにいつも「そう…」と頷くだけでその問いは終わっていた。
 けれど、いつもとは違って。その先の言葉が続けられる。
 「だけど、 ―――――――――― ですよ」
 驚いて、優しく戒められている腕を外して振り向いた。
 優しく微笑んでいる顔が愛しくて。愛しくて。
 ぎゅっ、と抱きついた。

◆――◆

 息があがる。
 足がもつれる。頭の中が白く霞んでいくみたいだった。それでも構ってはいられなくて、ただがむしゃらに走り続ける。いつもは短く感じていた神殿の廊下が、やけに長く思えた。

 「どこっ?! 返事してっ!!」
 神殿に入り込んでから、ずっと呼んでいるのに返事がない。
 深夜の神殿は誰もいないのが常だ。本来なら神殿勤めの人は別の建物にある部屋で夜を過ごすのだから。
 だけど、そこにはいなかった。
 考えられるのはここしかない。その思いが不吉な予感を胸に抱かせる。
 (神様 ―――― !)
 どうか、どうか。
 祈りだけが。願いだけが、溢れてくる。
 ―――― バンッ!
 祭壇のあるホールへ続く扉を開ける。
 「ここにいるの?!」

 どくんっ!
 心臓が跳ね上がった。
 祭壇の上で、横に倒れている人の姿が飛び込んできた。

(どうか ―――― 、)
 神様 ―――― 。

 ゆっくりと近づいていく。
 ぬるりとした感触を覚えて、視線を降ろすと、自分が裸足だったことに気づき、同時に赤黒い液体に息が止まった。

 「……っ?!」

 それでも、間違いであって欲しくて。
 どうか、人違いだと。確認したくて、祭壇へ歩み寄っていく。剣が胸に刺さっていた。流れている血が赤黒くて、だいぶ時間が経っていることを教える。

 窓から入り込むささやかな月の光。
 まるでそれが誰かを教えるために ―――― 。
 視界にとらえて、

 「いやぁぁ ―――――――― っ??!」

 叫び声が響いた。
Copyright (c) 2006 All rights reserved.