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Word Lond

01. 記憶のない少女

 「 ――――― っ?!」
 反射的に飛び起きた。
 「フィア?!」
 同時にドアが開いて、一人の女性が入ってきた。叫び声を聞きつけて言葉通り、飛び込んできた彼女は
ベットの上で呆然としている少女 ―― フィアを見て、首を傾ける。

 「フィア?」

 訝るように名前を呼んだ。それでも返事はなくて、ため息をつく。フィアが横になっているベットまで 歩み寄って、傍らに座る。手を伸ばして、ぎゅっとその頬をつまんだ。
 「…シィーニャ……いだいよ?」
 ようやく我に返ったように、フィアが反応した。ほっと胸を撫で下ろして、手を離す。睨んでくる視線を笑顔で受け止めた。
 「おはよう、フィア」
 「……おはよう、シーナ」
 不満そうに返してくるフィアの表情が可笑しくて、シーナは思わず吹き出した。美少女だけにどんな顔もなぜか可愛らしく見えてしまう。
 ぽん、と。フィアの頭を叩いて、言った。
 「ほらほら、朝っぱらからそんな顔してないで。ご飯できてるから、着替えて顔洗ってきなさいよ。今日は街のほうに買い物に行くからぐずぐずしている暇はないからね」
 その言葉に、フィアの顔がパッと輝く。
 「街に行くの?!」
(ほんと百面相だわ ――― 。)
 ころころと変わる表情をもつフィアに愛しさがこみあげてくるのを感じて、家族愛っていうのは こういうものかしら、とどこか嬉しく思いながら頷いた。
 「そうよ、だから支度を早くね」
 もう一度念を押して、シーナは彼女のベットから立ち上がって、ドアの方へと踵を返した。
ふと気にかかって立ち止まる。
 「フィア、何かあるなら聞くわよ?」
 振り向くと、フィアは戸惑った表情を浮かべた。
ゆっくりと首を横に振る。
 「わからないの…。凄く怖い夢を見たとは思うんだけど、起きた途端に忘れてしまって……」
 「フィア……」
 言葉に詰まる。何か言葉を掛けてあげたかったけれど、何も思いつかなくて、シーナはできるだけ明るい
口調でもう一度、フィアの名前を呼んだ。
視線が合って、ウィンクする。
 「怖い夢なら忘れて正解よ。大切なことならそのうち必ず思い出すわ。だから、今はさっさと用意なさい」
フィアが笑顔で頷いたことを確認して、シーナは部屋を出て行った。

 部屋を出たシーナの気配が遠ざかると、フィアはベットから起き上がった。
窓から青く澄んだ空が見える。
 指先に冷たい感触を感じて、無意識に首に掛けている銀の鎖に通している指輪に触れていることに気づいた。  小さなトパーズ石のついた指輪は、結構な値打ちものだとシーナが教えてくれた。
ここの街の一般市民が1年ほど働いてようやく買えるだろうものだ、と。
 指輪の裏側に彫られている文字に視線がいく。『Fia-』。
きっとそれが名前だということで、シーナは「フィア」と呼ぶようになった。

 シーナのお気に入りである湖に浮かんでいたという。

 助けたときは酷い熱で、医者に見せたけれどなかなか下がらなくて、助からないとまで言われたらしい。けれど、シーナの手厚い看護と気力で熱は下がって、意識は戻った。でもそのときには、自分の名前も経歴も家族もなにひとつ覚えていなかった。
 身につけていたのは、黒いドレスとこの指輪だけ。
不安で心細く思っていたとき、シーナはなんでもないことのように「一緒に暮らそう」と言ってくれた。
それからまるで姉妹のように。時には母と娘のように ―― といったら、私はそんなに年取ってないわよ、と
怒られるけれど、暮らしてきて、1年が過ぎようとしていた。

 「フィアーッ! 早くしないと朝食が冷めちゃうからねーっ!」
 階下から聞こえてきた声に、自然と笑みが浮かぶ。
『大切なことなら、そのうち思い出すわ』
シーナのこの言葉に何度も慰められてきた。今は悩むよりも、今日という日を大切にしよう。
 フィアは着替えを部屋の隅にあるタンスから取り出すために、窓枠から離れた。
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