返せ ――― !!!
叫んでいた。ものすごく大切なものを奪われて。
大切なもの……。すごく、すごく。
だが、どんなに泣いても喚いても返してもらえなかった。
(あんなものを作るなんて、貴方は罪を犯してしまったのね……。)
どうして?
なにも教えてくれなかった。作ってはいけないなんて、言われなかった。
作ったのは好奇心でも、あれは僕にとってとても大切なものになっていたんだ。なのに、どうして取り上げるんだ。
(「力」を無駄に使うとは……。なんということを……。)
無駄?
ちがう、ちがう。
あれこそが僕にとって、とても大切なものだった。なのに、どうして僕から……。
(罪を犯した以上は、存在を消さねば……。)
なぜ?
僕はここにいるのに。
僕から大切なものを取り上げるのか……。
『だったら、僕も奪ってあげるよ。君たちが大切にしているものを……』
……っ?!
「ねぇってば、聖? 聖ってば!」
ハッ、?!
慌てて頭を起こすと、目の前には世羅の姿があった。
心配そうな表情で見つめている。
「起きた? うなされてたよ?」
「あ、ああ ――― 」
曖昧な返事をしながら、思わず周囲を見まわす。
見慣れた教室。
いつもと変わらない……。
「だいじょうぶ?」
世羅が不安そうな顔でのぞきこんできた。
「いや……。ねぼけてたかな?」
苦笑を浮かべて、聖は答えた。
その姿にどこかホッ、としたように息をついて、世羅は不安そうな表情を見せる。
「どうした?」
それに気づいて促すと、世羅は一瞬ためらうような仕草を見せたが、すぐに意を決したように言った。
「あっ、あのね、また怜先輩のところに行ってもいい?」
「…………なんで?」
聖が発した問いに、世羅が戸惑うように眉を顰めたのを見て、苛立ちが募るのを感じた。これまで彼女にそんな感情を抱いたことはなかったのに。
それに気づいて、自分自身に戸惑った。幼い頃からの付き合いで、彼の感情の揺れを鋭く掴む世羅にも伝わったのか、口を噤む。
「世羅?」
更に促がすと、半ばムキになっているかのような口調で彼女が応じた。
「今日も休みだったし……、昨日も少し様子おかしかったんだもん。聖も心配だって言ってたでしょう」
それは昨日のことだと反論しようとしたが、急に馬鹿馬鹿しく感じて聖は机の横にかけていた鞄を手にして席から立ち上がった。
「わかったよ」
不機嫌そうにそれだけを言うと、世羅を置いてさっさと教室から出て行った。
「聖?! 待ってっ……!!」
世羅は、そのあとを慌てて追う。
珍しい二人の険悪な雰囲気にクラスメイトたちは呆然と二人の出て行った扉を見つめていた。
「 ―――― 聖! 待ってっ!」
スタスタと学校を出て、街中へと歩いて行く聖にやっと世羅は追いついてその腕を捕まえることができた。聖の腕を掴んだまま息を整えて、彼の顔を見上げる。
「なっ、なんで怒ってるの?」
そっと世羅の手を外して、聖は顔をそらした。
「べつに……」
「嘘っ、絶対怒ってる! 約束したでしょ、お互いに嘘だけはつかないようにしようって」
なのに、嘘つくの?
世羅にじっ、と見つめられて聖は仕方なさそうにため息をついた。
「昨日さぼりだって確かめたことをわざわざ、今日も確かめに行く必要なんてないだろう?」
「でも、だって……」
今度は世羅が視線をそらす。
それを見た聖が、一瞬だけ傷ついたような表情を浮かべたことに世羅は気づかなかった。
どう言ったらいいんだろう。
胸の中に消えない不安。うまく言葉にできなくて。それでも聖なら……。
少なくとも、昨日の聖はわかってくれたのに……。
「 ――― 怜先輩を好きになったのか?」
不意に聖の口から告げられた言葉。
――― パンッ、
反射的に、世羅は彼の頬を叩いていた。
「本気で言ってるの?」
世羅の瞳には涙が浮かんでいる。
それだけで、自分が口にした言葉がどれだけ彼女を傷つけたか聖は気づいた。
「……ごめん」
そっと彼女を抱き寄せて、聖はその耳元で囁く。
世羅は彼の胸に顔をうずめながら、小さく呟いた。
「ばか……」
抱き締めてくる腕にわずかに力がこもり、伝わってくる聖の温もりに熱い感情がわきあがってきた。この温もりを離したくない。そんな想いにかられて、聖の背中にそっと手を回し、同じように抱き締め返す。
「おいおい、見せつけたくれるねぇ、」
ふと、二人の背後からイヤらしい声がかかった。
慌てて聖から身を離した世羅は、そこにこの前の不良たちが下卑た笑みを浮かべて立っているのに気づく。
「世羅、下がってろ」
そう言うと、聖は彼女を背中にかばった。鋭い視線を彼らに向ける。
いつもの不良たちなら、それだけでたじろぎ、逃げていくはずだったが……。
「ふん。やろーっていうのか!」
「いい度胸だぜ」
口々に言って、ポケットからナイフを取り出した。見回せば、木刀のようなものまで手にしている者たちもいる。
「聖……」
不穏な空気に取り囲まれて、世羅は思わず怯えたような口調で呼びかける。
「大丈夫。絶対守るから」
優しい笑みを世羅に向けて、聖は言った。
だが、ひとりに対して数人。まして相手は武器まで持っている。
(まいったな……。)
世羅を背中に庇いながら、不良たちとの距離を計り、聖は内心かなり、焦っていた。
「大体、お前にはよぉ。前からむかついてたんだ!!」
そう言って、不良たちは持っている武器を振り回し始める。
「聖っ!」
「いいから、下がってろ!」
世羅の呼びかけに、聖は不良たちの攻撃を避けながら叫ぶ。
……なにかがおかしい。
ふと、世羅は目の前の光景を見ながら、そう思った。
不良たちの瞳が、とても正気とは思えない。何度、聖に殴られてもなにもなかったように立ち上がってくる。
どうして……。このままだと、聖が ――― 。
(誰かっ!!)
世羅は心の中で悲鳴を上げる。
聖の死角にいる不良が、手にしている木刀を振り上げるのが見えた。目の前の相手をしている彼は気づかない。
「聖っっ!!!!!!」
世羅の声でそれに気づいた聖は、わずかに反応に遅れた。
(避けきれない ―――― !)
だが、木刀は聖の頭に当たる前に、なにかによって切断されていた。
「ったく、油断してるんじゃねーよ」
そこにいたのは、一本の剣を手にした怜だった。
「怜先輩っ!」
思いがけない助っ人の登場に、世羅はほっと胸を撫で下ろす。聖と怜先輩の二人が揃えば、敵う者なしのはず。それまで僅かに焦りが浮かんでいた聖の顔にも再び余裕が見えた。
怜は聖と背中を合わせて、不良たちに相対する。
「銃刀法違反ですよ」
聖はちらり、と怜の持つ剣を見て言った。
「ンなこと言ってる場合か。とっくに気づいてるんだろ、こいつらの様子に」
「いつもなら手加減しても余裕なのに、本気で殴っても急所を蹴っても平然と立ち上がってくるってことですか?」
ああ、と怜は苦い笑みを浮かべて頷いた。
その間にも不良たちがじりじりと責めてくる。
「先輩……。やっぱり貴方はなにか隠してますね?」
油断なく構えながら、聖はそう訊いた。
怜はふと離れた場所で心配そうにこっちを見ている世羅に視線を向けて、ふんっと鼻で笑う。
「当然だ。誰だって秘密の一つや二つあるもんだろ?」
聖は不満そうに問う。
「俺たちに関わることなら、教えてくれても罰は当たりませんよ」
「罰ねぇ」
怜は思案するように呟いた。けれど、彼が何か答えるよりも早く、別の声がその場に響いた。
「それは私が教えてあげるとしよう、セイ」
二人がその声に気づいたときは、すでに遅かった。
「世羅っ!」
世羅の背後にひとりの青年が立っていた。
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