「ラファエル!」
予想していたのか、ラファエルはにっこりと笑顔になった。
「……ミカちゃん。ほんとグッドタイミングだね」
状況が読めないミカエルは眉を顰める。
「なに言ってんだ? んなことより、ガブリエルが天上球裁判にかけられるってマジかよ?!」
「天上球裁判?!」
ミカエルの言葉に反応したのは、世羅だった。
「なんだ、おまえもいたのか……」
彼女に視線を向けて、ミカエルはそう呟く。
世羅は構わず、彼に詰め寄った。
「ほんとなの?!」
「残念ながら、本当ですよ」
そんな言葉とともに、扉が開いてウリエルが姿を見せた。
罪を犯した天使たちが公正に裁かれる天上球裁判。
それは天上球に住む天使たち全てに公開され、その場で罪を告白させ、償わせる。
そこでアレクシエルがなにを企んでいるのかは、明白だった。
ガブリエルの糾弾。そうして、セラをおびき寄せること。
明らかな罠に、けれど彼女は迷わずに言う。
「ガブリエルを助けに行ってくる!」
「おまえ、馬鹿か?! 罠だってわかってんだろ!」
ミカエルが叱り飛ばすように言った。
頭ごなしに言われて、セラは掌を握り締める。
「けれど、セラ様がいらっしゃらなければ、ガブリエルはいわれもない罪を押し付けられて重い罰を与えられるでしょう」
セラの顔から一気に血の気が引く。
天上球裁判でもっとも重い罰 ――― それは天使の資格を失うこと。それは翼を奪われることを意味していて。
「……なんて言われても私は行くから。ガブリエルは誰よりも天使としての素質を持ってるのに! そんなことさせない……!」
「確かにな。あいつは最も天使として優秀な奴だ。それを奪うのは許せねぇぜ」
ミカエルも拳を握り締めて、同意する。
ガブリエルほど天使にふさわしいものはいない。それは、誰もに黙認されていること。
それならと、ウリエルが口を開いた。
「天上球裁判にはミカエルとセラ様が向かってください。ただし、状況をきちんと判断して、動いてくださいよ」
その言葉に訝るように、ラファエルが口を挟む。
「僕もセラちゃんたちと行くよ。この二人だと、絶対に無茶するしね」
ウリエルは彼に向かって、にっこりと笑った。
「ラファエル君には私とともに、聖くんをセルへお連れする役目をお願いします」
「何で僕が? ラジエル連れて行けよ。僕はごめんだね」
おもいっきり嫌そうな表情で、ラファエルは言う。
恋敵と一緒になんて、冗談じゃない。と、その顔には書いてあった。
だが、ウリエルは有無を言わせない口調で言った。
「セルの話を持ち出したのはラファエル君でしょう。責任はとらないといけませんよ?」
一瞬、ぎくりとなった彼も、肩を竦めて応じる。
「…………関係ないね」
二人のやり取りに、セラが口を挟んだ。
「ラフィー君。聖を……お願い! なんでもするからっ!」
必死になっている彼女の様子に、ラファエルは天井を仰ぎ見る。
しばらく間をおいた後、渋々といった表情でセラを向いて頷いた。
「しょうがない。でも前払いだよ?」
「……え?」
戸惑うセラの傍に歩み寄って、ラファエルは軽く彼女の唇に自らのそれを重ねた。
「っ!」
「これで我慢しとくよ。とりあえずはね」
セラが我に返る前に、唇を離してにっこりと笑って言った。
殺気を感じて恐る恐るセラが聖を見上げれば、憮然とした表情を浮かべている。
「聖……?」
ラファエルを睨み付けていた聖が彼女を見る。険しい表情に、焦りが生まれた。
「あの…えーっと、ラフィー君にすればたいしたことじゃないんだよ? だから、気にしないでね?」
女ったらしを自負するラファエルのキスは挨拶代わりのもの。
そう思い込んでいる彼女とは違い、だとしても自分の恋人にそんなことされて、いい気分になるわけがない。
聖はさっ、とセラの唇に口付けて「消毒」と小さな声で呟いた。
真っ赤に照れるセラに、悔しそうな光を一瞬浮かべたラファエルは、けれどからかうようにニヤニヤとしているミカエルに気づいて、すぐに余裕の笑みを浮かべた。
強がり、とミカエルが呟くのを聞き流して。
「それでは、ラジエル君には城の留守番をお願いしてもよろしいですか?」
そう訊かれて、扉の側に立っていた彼は即座に頷いた。
「ウリエル様にはかないませんが、おいしいお茶を用意してお帰りをお待ちしてます」
「私は、貴方が淹れてくれるお茶が一番好きですよ」
ウリエルの言葉に、ラジエルはかすかに頬を赤く染めて嬉しそうに笑った。
「ウリエル!」
不意にセラが彼を呼んだ。
振り向いたウリエルに、セラは笑顔を向ける。
「ありがとう、ウリエル。聖のこと、お願いするね!」
「セラ様 ―――― 」
彼女の笑顔が自分に向けられている。
それだけでウリエルの心は幸せに包まれていくようだった。
◆――◆
重い扉が軋むような音とともに開く。
両手足を鎖に繋がれている天使に近寄る影。
「………本当の罰を受けるべきは誰だと思う?」
項を垂れている天使に問いかける声。
「私かおまえか。彼女かそれとも ――― 偽りし者か?」
自嘲する声が響く。
「おまえも私に従っていれば、彼女を闇に落とすことなどなかったんだ。真実を知れば間違いなく絶望するぞ。何も知らないこと、そこにこそ罪があると今の私は思うよ」
ひとり告げると、影はその場を離れた。扉が再び、閉まる。
〈 間違いなく絶望するぞ 〉
耳に残る声。
けれど、天使にはなにひとつできることはなかった。
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