第一節. 捕らわれし者たち(4)
 セラは天上球裁判所を遠目に見ながら、ため息をついた。
「わかってたけど、警備は厳重よね……」
 そんな彼女を横目に、ミカエルは鼻を鳴らす。
「行きゃ、何とかなんだろ。オレの後ろに隠れとけば誤魔化せるさ」
「そうよね……。こんなんでもミカちゃんは守護天使の一人だもんね」
 ミカエルはその言葉にムッ、としてじろり、と彼女を見返した。
「冗談だってば! 頼りにしてます、ミカエル様」
 にっこりと笑って言うセラに、深いため息をついて(やっぱりオレ、セルに行けばよかったぜ)と、ミカエルはわずかながら後悔していた。

「ま、今更だよな。おまえ、フードをちゃんと被っとけよ」

 そう言って、ミカエルは裁判所の方へと向かう。
 セラも慌てて背中についているフードを被ると、彼の後を追った。


 ミカエルは裁判所の前につくと、頭の後ろで手を組み口笛を吹きながら、気楽な雰囲気で入り口へと進んだ。
 途中、彼に頭を下げる者もいたが一切を無視する。
 彼の性格を把握しているせいか、そのことを気にする者はいなかった。

「お待ち下さい、ミカエル様!」

 ふと、入り口の両サイドにいる衛兵に止められる。
 ミカエルは口笛を止めて、剣呑な光をその赤い瞳に浮かべた。

「あー? なんだってんだよ?」

 不機嫌そうな口調の彼に、冷や汗をかきながら。それでも仕事だ、と言い聞かせて衛兵は言った。

「珍しいではありませんか。ミカエル様がこのような場所にいらっしゃるのは……。まさか、と思いますが……」

 ガブリエル様を救出、もしくは騒ぎを起こそうと企んでいるのでは。
 そう含む衛兵に、ミカエルはふんっ、と挑戦的な瞳で言った。

「それこそ、まさかだろ。オレだって、天上球裁判に騒ぎを持ち込むほど馬鹿じゃねーよ。だが、ガブリエルは仲間だった奴だ。見届けてぇって思ったのさ」

 もっともらしい言い分に、衛兵は互いに目をかわす。

 確かに、天上球裁判で騒ぎを起こせば彼もただではすまない。守護天使がそんな愚かなことをするわけがないだろう。
 そう判断して、衛兵は頭を下げた。

「申し訳ありません、失礼しました。お通り下さい」
「わかりゃーいいんだよ」

 ミカエルがそう言って、入り口に入りかけたとき。

「お待ち下さい!」

 もう一人の衛兵が口を開いた。
 視線を向けると、彼はミカエルの後ろに続いていたフードを被ったセラを見ていた。

「ああ、こいつはオレの部下だ。ま、守護天使がひとりで出歩くなっつーことでついてきたんだ」

「なるほど……。ですが、フードはおとり下さい」

 きっぱりとした言葉に、冷や汗が浮かぶ。

 自分の部下といえばすんなり通すと思っていたが……。もともと、こんなに厳重なものではなかったはずだ。
 意外な計算ミスに、ミカエルは舌打ちをしたい気分だった。

 震える手で彼女はフードを取ろうとした。

「……おい!」

 焦ったように、ミカエルが止めようとする。だが、ここで騒ぎを起こしたら元も子もない。
 絶体絶命の危機を救ったのは、遠くから聞こえてきた爆発音だった。

「 ――――― !」

 全員が視線を逸らしたその瞬間。
 フードを被った少女は誰かに手を引っ張られて、裁判所の中へと連れて行かれた。

「ったく、少しは計画ってもんを考えろっていうんだ。行き当たりばったりでいつもうまくいくなんて思うなよ」

 セラの手を離して、彼女と同じようにフードを被っている青年が苛立ったようにそう言った。

「ルシファー?!」
「しっ! バカ、せっかくここまで進入できたのに無駄にするような声だすな!」

 口を塞がれて、セラはただ首を縦に振る。
 その様子に、ルシファーは手をはずして後ろについてきたミカエルにも釘を刺した。

「お前もだ。騒ぎを起こすなよ」

 嫌そうな顔で彼は言う。

「よく言うぜ。今の爆発はてめぇだろーが!」

「雑魚を暴れさせてやっただけだ。あれぐらいなら、衛兵で十分だろ。たいした騒ぎにはならねぇさ」

 姿を消したと思っていたら、いつの間にかそんな細工を施していたらしい。

 セラは呆れたような表情を浮かべた。
 それより、とルシファーはミカエルに先を行くよう促す。

「お前が先に行け。俺とセラちゃんは部下だからな。あんまり目立つなよ?」

 誰が誰の部下だ、と罵りたそうな顔をしたが、近づいてくるざわめきに、ミカエルは口を噤んで足早に先を急いだ。

 天上球裁判所は、水の守護天使ガブリエルが裁かれるという信じられない事実に、たくさんの天使たちが集まっていた。

 ミカエルは守護天使だけが行くことの許される2階へと階段を上る。

「アレクシエルにばれねぇか?」
「心配ないさ。あいつはおそらく、首座の名の下に裁きの席に座るだろう」

 ミカエルの言葉に、ルシファーは1階の奥にある席に視線を向ける。
 ということは、2階にいるのはミカエルたちだけ。

 セラとルシファーは念のために柱の影に身を潜めた。

 それを待ち構えていたように、始まりの鐘が鳴る。
 セラは服の裾をぎゅっ、と握った。


「これより、天上球裁判 ―― 水の守護天使ガブリエルの裁きを始める」


 高らかに響く声と同時に、アレクシエルが姿を現した。


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