―――――― 君を愛したフリからね。
「……いやっ!」
セラは叫びながら目を覚ました。
身体を起こして、瞳に溢れる涙をそのままに両手で顔を覆う。
(どうして……。どうして…………?)
叫ぶ心が体中を痛みで押し潰す。
「 ――― っ、ごほっ……」
あまりの苦しみに、呼吸さえつまる。
「おい、しっかりしろっ!」
「ごほっ、ごほっ……!!」
苦しくて、苦しくて。
セイの冷たい瞳が脳裏を埋め尽くす。
流れても流れても溢れてくる涙が視界を遮り、意識が揺らぐ。
「このばかっ!」
不意にふわり、と温かい何かに包まれる。
「ほら、ゆっくり呼吸するんだ。いいか、ゆっくり……」
トン、……トン。
そんな言葉についで、優しく規則的に背中を叩かれた。
言われた通りにすると、苦しみが取れて忘れていた呼吸の仕方を思い出す。
背中を叩かれる音と、抱き締められている腕が心地よくて、そのまま身体を預けた。
「……セラちゃーん。そんな無防備なことすると、襲っちまうぜ」
「怜先輩はそんなことしないでしょ?」
即座に切り返すと、はぁ……。と深いため息が聞こえた。
「さっきの今で調子がいいよなぁ……。それより、もういいか?」
「もう少し、このままで……」
甘えるように言うセラの上に何かが被さった。
視界が暗くなる。
「ちょっ、ルシファー?!」
それがシーツだと気づいて、抗議の声を上げるとぎゅっ、と抱き締められた。
「せめてこうでもしないと、俺の理性がもたねぇよ」
拗ねるように耳元で囁かれた言葉は、その性質ゆえに甘えられるのを嫌う彼の精一杯の肯定だと気づいて、セラはくすくすと笑みを零した。
「ったく、ほんと。調子のいいヤツ」
呆れながらも愛しさをこめて呟いた言葉は、けれど笑い声から一転、縋りつくように泣き始めたセラには聞こえなかった。
「懐かしいよな、怜先輩っつー呼びかた」
ふと思い出したように言われて、セラは顔をあげた。
視界はまだシーツに包まれていて真っ暗だったが。
「俺さ、どうせ呼ばれるなら怜先輩でいいぜ」
「……なんで?」
「ルシファーにも魔王にもいい思い出がねえから」
その言葉に、一瞬。沈黙が降りた。
不意にシーツの中からおかしそうな笑い声が漏れてくる。
彼はそっと、シーツを取った。
笑顔を浮かべている少女を見つけて、ほうぅ、と息をつく。
気づかれないうちに、意地の悪い笑みへと変えた。
「甘え終えたか?」
「……うん」
小さな声で頷くセラの頭をぽんぽんっ、と優しくたたく。
セラはそのぬくもりを感じながら、言った。
「うん……、もうだいじょうぶ」
それが強がりだとわかっていても、そう言えるだけの強さが戻っていればとりあえずは本当に大丈夫だろう、と思うことができる。
そうか、と頷く彼に対して、セラは思い出したように顔をあげた。
「そういえば、バービエルは?」
一瞬の躊躇いのあと、答えが返る。
「……あいつの力に吹き飛ばされた。跡形もなく、な」
告げられた事実にセラの身体がびくり、と強張った。
「……」
「…………」
短い沈黙の後、セラはゆっくりと重くなる口を開いた。
「ルシ…先輩は知ってたの、セイのこと……」
呼び方を望まれた通りに変えて問いかけると、彼はまっすぐ視線を向けてきた。
「セイが最初に生み出された次代の神だったことか?」
「 ―――― うん」
止まったはずの涙がまた零れそうになるのを堪えて、セラはつらそうに、それでも頷く。
「おまえの前に次代の神が生み出されてたって言うのは偶然だったんだが、知ってた。だが、それがセイだと気づいたのは、おまえがあいつのことを俺に教えてくれてからだ」
でもその時にはもう二人は恋に落ちていた。
セイにどんな思惑があったにしろ、あいつもセラに惚れているように思えた。
だから邪魔をする気はなかったんだ。
二人を見てるのも好きだったから、な……。
そう言って、彼は苦笑いを浮かべた。
『ぜんぶ計画だったんだよ。』
同じものから生まれたんだ。
多少は惹かれあったかもしれないけどね ――――
セイの言葉が思い浮かぶ。
「…………先輩」
不意にセラは口を開いた。
その声は少し震えていて……。
彼は視線だけで先を促した。
「それでも、私が聖のことを信じたいって思うのは馬鹿なことかな?」
ずっと心に住み着いてる想いがある。
だからこそ、セイの言葉の全てを受け入れられなかった。
それでも ―――― それでも……と。
たとえば、セイの紡いだ言葉が全て本当だったとしても。それでも!
「いまさら……お前の馬鹿は始まったことじゃねえだろう?」
くしゃりと、髪をかき回しながら、ニヤリと唇の端を吊り上げて言うその姿にセラは嬉しそうに笑顔を向ける。
「うん……。ありがとう、先輩」
セラは素直に頷いて、視線を外に向けた。
『 ―――― 約束してくれる?』
『ああ、』
『なにがあっても、私のところに戻って……、帰ってきてくれるって』
『約束するよ。世羅のところが俺のいる場所だから』
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