第二節. 放たれし者たち(5)
「…………久しぶりだね」
 天上球の頂点にある塔の入り口に降り立ち、セイは閉ざされている扉に掌をあてながら懐かしそうに呟いた。
 その表情には言葉とは裏腹に嘲笑が浮かんでいる。

 淡い光が掌から放たれた。
 吸い込まれるように扉へと消えていき、ぴたりと合わさっていた扉がゆっくりと開いていく。
 躊躇うことなく、彼は足を進めて塔の中へと入っていった。

 何もない部屋。
 無の空間が支配するその部屋の中央に来ると、セイは徐に口を開いた。

「いるんだろ、出て来いよ」

 数秒の沈黙があったあと、セイの目の前に不意に光が集まっていく。
 それは球体を取ると、声を放った。

[……なぜ、こんなことを?]

「なぜ?」

 問われた言葉を可笑しそうにセイは繰り返す。

「なぜ、だって? ハッ、貴方はまだそんなことを言うのか?」
[そう、私は問おう。なぜ、こんなことを?]

 最初に発せられた言葉と同じ、感情の色のない無機質な声が響き渡る。

「決まってるさ、復讐だよ」

[復讐?]

 光の球を睨みつけ、セイは言葉に憎しみを込めながらこたえた。

「貴方は僕を生み出しておきながら、むやみに力を使ったことを責め、僕の存在を封印した。それだけならまだしも、僕が作り出した星を自分のものとしただろう? 更にもう僕は用済みとばかりに次の神を ――― セラを新しく生み出した……その復讐さ」

[まだわからないのか……]

 短い嘆息のあとで、声は続ける。

[お前は神の力を使って、星を勝手に生み出してしまった。何の手順も踏まず生み出された命は全ての均衡を壊しかけ、それを保つには、神である私が制するしか方法がなかった]

「そんなのは言い訳だ!」

 叩きつけるようにセイは言った。
 鋭く目を細めて、彼は声を放つ光をその視線で貫いた。

「……仮にそれを認めたとしてもおまえらが俺を封印したのは事実だろう?」

[ひとつのものに執着を抱くものを神にはできない。神とは万物を愛し、全てにおいて平等にあることができる存在なのだ]
 だから、ひとつの命を理もなく生み出し、それに執着してしまったおまえを神にはできなかった。とはいえ、神同等の力を持つおまえを野放しにできようか。
 封印するしかなかった。

 淡々と告げる光に、セイは違和感を覚える。

 (この感覚は ――――― !)

 妙な空気に支配されていくのを感じながら、セイは更に疑問を口に乗せる。

「それなら、セラは? 彼女は神にふさわしいと?」

 数秒の沈黙の後、発せられた言葉にセイは驚愕した。

[―――― アレも失敗作だ。一度生み出した天使の力を還元したせいか、天使だったときの性格が強く出てしまった]

「あんたは……一体、俺たちをなんだと思ってるんだっ!」

 セイは手の中に現れた剣をぎゅっ、と強く握った。
 怒りのせいか、身体中に震えが走る。

[私は私の生み出した命を愛している。それを守るためには、今の力では無理だ。命の理を管理するものがいなければ、全ては無に還るだけ。もう失敗はできない]

 だから、と続けようとする光に、セイははっ、と何かに気づいたように目を見開く。

「……やっぱり、僕の推測は間違ってなかったわけだ」
[そう……。だから、おまえとセラの力。全てを私に還してもらう]

 その言葉を聞いて、セイは目を閉じた。
 なんて勝手な言い分だろう。自ら生み出しておいて、必要がなくなれば還れなどと。
 ふと、セラの泣き顔が脳裏をよぎった。

 彼女に紡いだ言葉のほとんどは真実だった。
 確かに過去の自分はこの神に復讐するために、セラを巻き込んだんだ。
 でもそれが全てだったわけじゃない。

 セラに惹かれていたのも本当だった。人として共に過ごしていた時間の中でも。いつだって求めていたぬくもりをくれたのは彼女だ。

 だから守りたいと思った。

 過去の自分が抱く復讐心と、人として過ごしてきた自分が抱く世羅への愛情。
 記憶が戻ったとき、より強く残ったのは愛情だった。
 だから、突き放した。
 アレクシエルを犠牲にして。
 彼女さえ無事なら他はどうでもよかったから。

 できれば手の届かないところへ、ルシファーが連れて行ってくれればいいけれど。

「……セラには手を出させないよ」
[創造主に歯向かうのか?]

 感情のない光が紡ぐ言葉を鼻であしらう。

「わからないのか? ひとつのことに執着してるって意味ではあんたももう狂ってるんだ!」

 自らが生み出した命を管理することに執着している。

 セイは剣を構えた。

「あんたこそが全ての元凶だったんだよっ!!!」

 そう叫びながら、セイは光に向かって剣を突き立てる。

[……愚かな]

 そんな呟きを残して、光は全てを包むかのように広がっていった。



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