第二節. 全てに還りし者たち(2)
 神の塔への扉を開けて、セラは中へと足を踏み入れた。
 そこは闇に支配されていた。
 闇、とはいっても完全な暗闇ではなく、星のような小さな光が散りばめられていて、更に球がいくつかふわふわと頼りなく浮かんでいた。

 続いて入ってきたミカエルが塔の中を見回しながら感嘆の声をあげる。

「……これ、宇宙か」

 同じように首を巡らせていたラファエルが何かを見つけて声をあげた。

「アレは天界にそっくりだね」

「そっくりというより、まさに天界そのものですよ。ほら、よく見ると、天上球と天地球の2層に別れています」

 ラファエルが指した場所に浮かんでいた球状の物体に近づいて、ウリエルが言った。

「月もあるし、他にも知ってる場所がいくつかあるよ」
 ラファエルは離れた場所に点々と浮かんでいる球状の物体を見回した。

「……地球もあるわ」
 他の地点から距離をおいて離れた場所にある青色に包まれた球を見つけて、セラが言った。
 淡く優しい光を放つ青い星に、セラは目を細める。
 (地球を離れてから、もう随分と長い時間が流れた気がする……。)
 懐かしさに、胸が痛む。
 そっと、触れようと手を伸ばした瞬間。

「!」

 周囲の全てが消えた。
 星々も、月も、天界も地球も。
 ハッ、と我に返って見回すと、ミカエルたちの姿も見えなかった。

 完全な暗闇に包まれる。

「ミカちゃん?!」

 慌てて、セラは呼びかける。

「ラフィーくんっ! ウリエル!!」

 けれど、返事は返らずにしん、とした空気だけが残される。
 戸惑うセラの耳に、悠然とした響きを含んだ声が聞こえた。

[還ってきたか、我が愛しい子よ]

 セラの目の前に光を放つ球体が現れる。

「……っ!」

 その声を聞いただけで、セラはその存在が何かを悟った。

 (…………神。)
 光が纏う尊厳に、思わず跪きそうになる。
 セラはギュッ、と手の平を握り締めて、震える身体に力を入れた。

[なぜ、私を怯える? 私はそなたを産み出した者。怖がる必要はない]

 全てを見透かしたように、光 ―― 神が言う。

「怯えてなんかない! そんなことより、聞きたいことがあるわっ!」

 声さえも震えてしまいそうになるのを隠すように、セラは声をあげた。握り締めた手の平はすでに蒼白になっている。

[ああ ―― 、セイのこと、か]

 感情のない声にセラは訝るように目を細めた。



「……つまり、これって、どういうことだと思う?」
 呆然と、ラファエルが呟いた。

 セラと周囲にあった星が消えた瞬間、部屋の中に天使たちが現れた。剣を手にする彼らは躊躇うことなく、ミカエル、ラファエル、ウリエルに襲い掛かってきた。

「てめっ、そんな疑問を悠長にぶつけてる場合かっ!」

 ミカエルが怒鳴り散らしながら、切りかかってくる天使の剣先を受け止め跳ね除ける。
 けれど、すぐに別の天使が襲い掛かってきた。ミカエルは跳ね除けた勢いのまま、切り返した剣先で受け止めると、右手で小さな炎の球を作り出して放った。

 ミカエルを取り囲んでいた数人の天使たちが一気に吹き飛ぶ。

「…………容赦ないんですねぇ。同族なのに」
 憐れみを込めた言葉を、気持ちの入ってない口調で、ウリエルが言った。

 彼は自らの周囲に結界を張って、襲いかかろうとしている天使たちを阻んでいた。
 じっ、と結界を壊そうと呪文を唱えている天使たちを見回す。彼らの表情には感情が浮かんでいなかった。

 (まさしく神の操り人形って感じでイヤですね)

 ウリエルは眉を顰めると、手の平に意識を集中した。

「あっ、ウリエル! わかってると思うけど、手加減してよ! 塔を吹き飛ばしたら洒落にならない!」

 自分を取り囲む天使たちを風の勢いで吹き飛ばしながら、ウリエルの力の波動を感じたのか、ラファエルは視線を向けて叫んだ。

「それぐらいわかってます!」

 ―――― 言われなくても。

 ウリエルはそう返して、結界を壊そうと呪文を紡いでいる天使たちの先を取って、自らの結界を解くと一気に力を爆発させた。



 まっすぐ光を見据えて言う。

「そうよ、聖を返して」

 光は悠々と空間を漂う。セラはまるで見つめられているような感覚に陥った。
 喉が渇いて熱くなる。

[セイに拒否されたのであろう。なぜアレを望む? なぜアレを求む?]

 神の言葉がひとつひとつセラの心に突き刺さっていく。
 握り締めて固めたはずの決意が、震える手の平から零れ落ちていくような気がした。


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