第二節. 全てに還りし者たち(3)
  『――……仮に過去の俺が君を愛してなかったとしても、今の俺は君を心から愛してる。それを信じてほしい』

『約束するよ。世羅のところが俺のいる場所だから』

 聖の言葉が、脳裏に浮かんだ。
 あのときの聖の瞳はとても真剣で、傲慢かもしれないけれど、愛されているのが伝わってきた。

 だから、どんなに拒否されても ――― 。
 ふと、瞳を閉じる。昔の、セイもそうだった。

 きっと心のどこかではわかっていたんだと思う。
 セイに愛されているわけじゃなかったこと。
 だけど、それでも。セイの瞳の奥にある本当の気持ちを見つけたから。逃げられなかった。
 まっすぐ向き合って、何があっても信じたい。

 何があっても ――― 信じる。
 そう、感じた。

「いいの」

 ゆっくりとセラは目を開けて、毅然と言葉を紡いだ。

「私の想いは聖に拒否されたからって簡単に消えるようなものじゃないもの。どんなに嫌われてても、拒否されても、聖を信じるって想いが消えないから。だから ――……」

『聖に会いたい。』

 まるで今初めてその想いに気づいたように。
 心から、思った。

 揺らいでいた瞳が、もう一度光に向かう。
 伝えたい言葉があった。届けたい想いがある。
 だから、逃げない。

 セラは柔らかい笑みを光に向かって、浮かべた。

「もうやめよう。執着するのは悪いことじゃないと思う。だって、それだけ貴方はこの世界を愛しているってことだもの。でも、そのために何かを傷つけて、自分も傷ついて……。
そんなの悲しいだけだよ」

 そっと手を差し伸べる。
 けれど、世羅は一瞬のうちに見えない力に吹き飛ばされた。

「 ――― っ?!」
 ガッ!!
 強い衝撃を背中に受ける。壁に叩きつけられたことがわかった。

[お前などにっ! ただの器でしかないおまえに何がわかるっ?!]

 さっきまでの余裕のある声とは変わって、激しい口調が響き渡った。
 光が一層、大きく輝きを放つ。

 世羅は背中に走る痛みを堪えて、立ち上がった。ふらり、と足元が頼りなく揺らぐ。

「あなただって! その器に頼ってる存在なのよ? それでも自分を神だと言い切れるの?!」

 叫びながら、セラの頬に涙が伝う。

 神という存在は万能でなければならない。
 だからこそ、崇められるべき存在で。天使たちにも愛される。

 だけど、万能でないのなら。

 犠牲は必要だと、自ら生み出した命であろうとも、追い詰めて苦しめて、救いという光さえ与えようとしないなら ――― まして、自らの執着のために愛すべき命を滅びに向かわせているなら、それはもう「神」だと信じられない。

 世羅の視線が光を貫く。
 もういちど衝撃が向かってくるのがわかった。

 両手を広げて突き出し、結界の呪文を口にする。ガブリエルにもらった水の守護と、アレクシエルの力が世羅を守ろうと神の力を押し返す。

 押し合っていた力が、やがて神へと跳ね返された。

[……なぜだ。たかが、器の力。天使の力。……神である私が負けるはずがない]
 目の前の光景が信じられずに、呆然と神が言った。

「アナタは神じゃない! 力に執着して、神であろうとする偽りの存在だわっ!」

[うるさいっ、うるさいっ!]

 光が大きく膨らむ。
 叫ぶような光の声とともに、力の凝縮された発光が次々と世羅をめがけて投げつけられる。
 世羅はそれを結界で阻むが、ぶつかってくる力の連続に結界が揺らぐ。

「……っ!」
 一瞬、気を取られた。

 力が凝縮された発光が世羅を襲う。

[もう、おまえは用済みだ!]

 光はまるで勝者のように、そう叫んだ。

「 ―――――― っ!!」

 けれど、発光がぶつかる寸前、世羅はまるで守られるように抱き締められる。
 発光はぶつかる前に弾け飛んだ。

[なっ! お、おまえはっ!]
 光が驚いた声をあげる。

 世羅も自分を抱き締めているのが誰かを見るために、顔をあげて息を呑む。


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