■ Red 01 ■
「……嫌よっ! 私は認めないわ!!」
統帥に呼ばれてユウが執務室のドアまで来たとき、突き刺すような声がドア越しに聞こえてきた。ノックしかけた手を止める。
「あんなのが、リーダーなんてっ!!」
“レッド”――― 16歳、女性。シリア王国の階層、上,中,下とある中で、下層階の第3領域にあるその日暮しさえままならない貧しい人々が住むレイフリア街、出身。両親と3人の妹、2人の弟との生活を支えるために、幼い頃から働いていた。
やがて家計を助けるために多額の給料を貰える騎士団に入団。男性が多い団員たちの中で、女のくせにと馬鹿にされながらも、その意地で前の“レッド”推薦のもと見事、地位を獲得した。
“レッド”の称号を手に入れるとともに、金色の髪を赤く染めて、その称号を誇りとしている。
「とにかく、もう決定したことなんだ。納得してくれないかい?」
ブルーの瞳で彼女を見つめながら、統帥が優しく言うのも聞き入れず、“レッド”は彼に訴える。
「私はあんな奴の命令なんて、聞かないわよ!」
ぎらぎらと燃えるような瞳で統帥をにらみつけている彼女の耳に、呆れたような声が割り込んできた。
「……あんなの、とか。あんな奴、とか。すごい言われよう」
―――――っ!?
声が聞こえてきた方に振り向くと、ドア近くの壁に寄りかかってユウが立っていた。
気配に気づけなかった“レッド”は、動揺しながらも彼女を睨み付けると、ドアを激しく
叩きつけて、部屋を出て行った。
「お―、こわっ」
ユウは、肩をすくめる。
そんな彼女を呆れたように見ながら、統帥は苦笑を浮かべた。
「君が挑発するからだよ。わざわざ、気配を消して入ってこなくてもいいと思うけどね」
「別に、そんなつもりはないけど?」
平然とした顔で答えるユウに、今度は統帥が肩をすくめた。
「そうかい? 私はてっきり団員たちに嫌がらせをして、リーダーの座を降りようとしているのかと思ったよ」
初等部卒業後、すぐに入団試験を受けさせられた彼女はたった1年で、見習い期間を受けずに、統帥によって“リーダー”に任命された。
運動能力、頭脳、容姿。全てにおいて秀でている彼女を尊敬する者たちはいるものの、それでもたった1年でリーダーという地位についたことに、反感を持っている者たちも多い。まして、13歳という子供に命令されるのはいろいろとプライドを刺激されるのだろう。
本人も責任の重い地位につくのを嫌がってはいたのだが、その意思は統帥によって黙殺されていた。
「……それで、私を呼んだのは何で?」
見透かすような彼の言葉には答えず、ユウは話をかえた。
統帥も深くは追求せずに、引き出しの中の書類を取り出し、ユウに渡す。
「銀の騎士団の活躍でテロリストのひとつ、C・Bのアジトがわかった」
銀の騎士団は主に、スパイ活動を中心としている。ユウはテロリストの名前を聞いた途端、淡い茶色の瞳をまっすぐと統帥に向けた。
「C・Bって例の?」
「そう。とりあえず、テロリストたちの逮捕と、アジトの破壊 ――― それが任務だ。詳しいことはそれに書いてある」
ということは、協力者=赤の騎士団か。どうりで、“レッド”が喚いてたわけだ……。
ユウが深いため息をつくと、それを面白そうに見ながら統帥は言った。
「頑張って、嫌われてくるんだね」
――― ・・・ ―――
……冗談じゃないわっ!
本部に与えられた自分の執務室に戻った“レッド”は、今だ収まらない怒りをふつふつと煮えたぎらせていた。
隣の続き部屋に移動し、着ていたTシャツとGパンを脱いで、動きやすいように作られた騎士団の制服に着替える。
あんな奴、だいっ嫌いよっ。
……私が、どんな思いでここまで上り詰めてきたか。家計を助けるために、夜遅くまで働いて。騎士団に入れば、多額のお金がもらえるって聞いて、入団するために、仕事の合間に勉強やトレーニングを必死にやってきたわ。
見習いの時も、団員になった時も、男と同じ ――― ううん。それ以上であるために死ぬ思いで頑張ってきた。だから、16歳という年齢で“レッド”の称号をもらえたのよ。なのに3歳も年下の、子供に従わなくちゃならないなんて!
同じ位置から頑張って“リーダー”に就任したのなら、ともかく。“見習い”期間も受けてないのに、あの地位につけたのは、きっと彼女が大臣の娘だからだわ。騎士団への入団も、コネかなにかに決まってる。
――― そうよ!
大臣の娘だから、統帥もあの娘の“リーダー”決定に反対できなかったのよ!! そんな甘ちゃんに“リーダ”が、務まるもんですかっ!
「見てなさい」
皆の前で恥をかかせて、騎士団にいられないようにしてやる!!
“レッド”は心に固く誓ってから、団員たちが待つ塔へと向かった。
先ほどまで“レッド”がいたのは、統帥やリーダー。称号が与えられた者たちの専用の執務室がある建物で、その隣にはレンガで造られた塔がある。その塔は、1階が待機室。2、3階が司令室として使われていた。
“レッド”は塔の扉を過ぎ、1階の待機室のドアプレートに、“赤の騎士団”と書かれてあるのを確認してドアを開けた。
すでに部屋の中には、10人の団員たちがそろっていた。
「ヘイ! “レッド“、全員そろってるぜっ」
団員の一人、錆色の髪に屈強な体つきをした男、ジョージが彼女に気づいて、手を上げる。彼は“レッド”が見習いのときからの同僚だった。5つも年上の彼は常に、彼女の右腕として力を貸してくれる。
「ジョージ! 全員、やる気十分ってとこじゃない!?」
からかうように、席について笑ってる男たちを見まわしながら彼女は言った。
「当然だ、“レッド“。この頃は、相手が雑魚ばかりだったからな」
ジョージの前に座っているクリフが、にやりと笑って言った。金髪を肩先まで伸ばしている彼は、ジョージが赤の騎士団に引っ張ってきた彼の友人だった。
「今度は違うわよ。もう指令は聞いてると思うけど、相手はC・Bだからね」
「そのアジトにいるのは、幹部の連中なんだろ!?」
ジョージの言葉に頷くと、口々に嬉しそうな声が上がる。
「そいつらが逃げ出さないうちに、早く行こうぜ」
嬉しそうにジョージは言って、席を立った。
「ちょっと待って!」
次々と立ちあがる彼らに、ストップをかけるとクリフが不満そうに言った。
「なんだよ、“レッド”。なんか言い忘れたことでも、あるのか?」
「ちがうのよ。今度の任務は、もう一人“リーダー”も一緒なの」
驚いたように、彼らは目を見開いた。
「ああ……、あのお嬢ちゃんか」
クリフが思い出したように呟いた。
「へえ。はじめての団員との任務が、俺たちとねぇ。面白そうじゃんか、なあみんな!」
やはり13歳で“リーダー”に就任した彼女のことを、よくは思っていないようだった。
「たっぷり可愛がってやろうぜ!!」
面白そうに言うジョージに多少の歯止めをかけようとしたとき、ドアがノックされる。ニヤニヤとした嘲笑が彼らの顔に浮かぶ中、わずかに同じ女性としての同情がわきあがってきた。
「どうぞ」
入室を促すと、それを合図にドアが開いた。だが、そこには“リーダー”ではなく見習い生の札をつけた少年が立っていた。
「失礼します! “リーダー”より伝言を預かってまいりました」
その後、一瞬だけでも浮かんでいた“レッド”の同情はどこかへ消えてしまっていた。