■ Red 04 ■
沈黙に耐え切れなくなった“レッド”は、無言で先を歩く彼女に話し掛けた。
「なぜ、ジョージたちが裏切り者だって気づいたの?」
「知りたいのなら、全部教えてあげるけど?」
ユウは前を向いたまま、逆に聞き返してきた。暗がりにいるために、その表情はわからない。小さく肩を竦める気配だけが伝わってきた。
「…………お願いするわ」
少し考えて、“レッド”は答えた。
これは知っておかなければならないこと ――― 。
“レッド”の決意を感じたのか、ユウはいちど息をついてから話し始めた。
最近テロリストたちが、騎士団の目をかいくぐるように動いているということ。銀の騎士団が動いて、アジトを見つけても赤の騎士団が摘発に向かうとすぐに逃げられてしまうということ。
―――― まるで情報が漏れてるかのように。
「でも、ちゃんと摘発したときもあったわよ!」
というより、逃げられるより摘発した回数の方が多い。
「そう。だけど、捕まえたのはなにも知らされていない雑魚ばかり」
大物は、いっさい捕まえてない。……それで、裏切り者説が浮かび上がったの。とりあえず赤の騎士団全員に気をつけていたら、ジョージたち3人がC・Bと繋がってることがわかって。
でも、彼らはなかなか尻尾をださなかった。だから、おとり作戦で行こうってなって、
この計画が立てられたのよ。
「えっ……。じゃあ、あなたは最初からこうなることを予測してたの!?」
驚く“レッド”に対して、ユウは当たり前のように頷いた。
「だったら、どうして助けなり何なり……っ!」
用意しとかなかったの……!?
そう続けようとした“レッド”の言葉は遮られる。
「彼らに怪しまれないように、C・Bの本部に帰ってもらうため」
「どういうこと?」
「賭けてもいいけどね。あそこまで用意周到な彼らのことだから、おそらくあの爆弾が
見事に爆発するまであのビルの側で見届けていたはずよ」
ということは、もし私たちが助けられてるところを見られたら……?
「わかったわ。爆弾が爆発したのを見届けた彼らは、安心してC・Bの本部に帰ることが
できる。それで、私たちを始末したことで英雄扱いされてるときに ―――― 」
「ゴールドナイツの襲撃にあうってとこかな」
発信機もつけておいたしね ――――。
“レッド”の言葉を引き取ってユウが言った。
彼らの悔しそうな顔が脳裏に浮かんで、“レッド”は思わず笑みをこぼした。
「だけど、“リーダー”自ら犠牲になるなんてね」
「……別に犠牲になったわけじゃなくて、私なら何があっても大丈夫って自信があっただけのこと」
あまり嬉しそうな顔もせず平然と言いきる彼女に、“レッド”はもはや呆れるしかなかった。不意にユウが、足を止める。
「梯子を見つけたら、先に上がって」
(また、私が先なの ――――!?)
促すユウに、よほど文句を言おうと思ったが、“レッド”は必死で抑えて渋々、梯子に手をかけた。その時、“レッド”の心に何かが引っ掛かった。
……なぁんか今、変な感じがしたんだけど何だっけ?
梯子を上がりながら思い出そうとするが、わからない。
妙な感覚に捕らわれながらも、梯子を上がりきった“レッド”はマンホールの蓋を開けて外に出た。
心地いい風が、ショートにそろえている赤い髪を揺らして、吹き抜けていく。途端、“レッド”は心に引っ掛かっていた何かを思い出した。
そうよ ――― 、たしかあの時“リーダー”は右手で銃を持っていたはずなのに、ライターを持つ手は左だった。
気づいたとき、“リーダー”が少し遅れて外へ出てきた。
「……とっ!」
月明かりに浮かぶユウの姿を見て、“レッド”は言葉を失う。彼女の右腕からは、大量の血が流れ落ちていた。
「怪我……してたの!?」
その言葉に、ユウは自分の力の入らない右腕を見た。
「折れてるわけじゃないから、心配ないよ」
たいしたことない、と苦笑して答える。
(あの時、落ちてくる瓦礫から私を助けたときの……!)
“レッド”はポケットからハンカチを取り出すと、ユウの右腕を取って止血した。ハンカチを結び終えると、“レッド”は彼女の腕を取ったままキッ、と睨みつける。
「なんで……っ、なんで! 何であんたを嫌う私を助けたりしたの!?」
ジョージたちが裏切ったように、私のことなんて見捨てれば良かったのに ―― !!
涙目で訴えてくる“レッド”に、静かな口調でユウは言った。
「あなたが役立たずな“レッド”なら、それでも良かったんだけどね。優秀な人間を見殺しにしたら、私の仕事が増えるじゃない」
あまりにひねくれた言葉だったが、“レッド”の心にはそれは優しく響いていた。
『かわりはいない』 ―――― まるで、そう言われたように。
―――― ユウはひとまず、“レッド”の感情がおさまるのを待って話し掛けた。
「……そろそろ、腕を放してくれると嬉しいんだけど」
我に返った“レッド”は、怪我をしている彼女の腕を強く握り締めていることに気づいた。
「ご、ごめん!! 病院に行く……?」
そう言ってユウの顔を見たとき、一瞬だけ彼女の瞳に怯えのようなものが浮かんだのを“レッド”は見逃さなかった。
……なに? 突然、そんな不安そうな顔して。
初めて見るユウの表情に、思わず“レッド”は戸惑う。
「心配しないで。ちゃんと知り合いに見てもらうから……」
ユウは戸惑っている“レッド”をおいて、怪我をした腕を抱えたまま首都の方に走って行った。
彼女たちの後方では、爆発の名残りが煙になって夜空へと立ち上っていった。
――― ・・・ ―――
―――――― 失礼しました。
事後報告は終えた“レッド”は統帥の部屋を出る。
昨日のことがまるで、夢のようにも思えていた。でも、夢じゃない。ジョージたちの裏切りも……。“リーダー”が私をかばって怪我をしたことも。
廊下を歩きながら考え込んでいると、向こうから“リーダー”が歩いてくるのに気づいた。腕には白い包帯を巻きつけている。
「“リーダー”っ!」
呼びかけると、彼女は伏せていた顔を上げた。側に駆け寄ると、巻かれた包帯が痛々しく思えた。
「怪我、大丈夫なの?」
「……心配してくれるわけ?」
“レッド”を皮肉気に見上げて、ユウは問い返した。怪我をしても変わることのない彼女の態度に、“レッド”は苦笑を浮かべる。
「あなたは立派な“リーダー”よ。認めるわ。……けど、まあ一緒に成長していきましょうね」
そう言って、ユウの頭をポンポン、とたたくと上機嫌で口笛さえも吹きながら、廊下を歩いて行った。
(いったい……?)
“レッド”の変わりようにユウは首を傾げながら、統帥の部屋まで行き、軽くドアをたたいて中へ入った。
「どうやら、君の計画は失敗したようだな」
待ち構えていたように統帥はにやり、と笑って言った。
「……みたいね」
どうでもいいかのように投げやりな態度でユウは答え、それから統帥の机の上に報告書を出した。
「それにしても、あの上機嫌はどこから来るのか……」
ぽつりともらしたユウの言葉を聞き取った統帥は、笑みを浮かべた。
『“リーダー”が病院に怯える理由? 決まってる。彼女は注射が嫌いなんだよ』
思わず”レッド”にそう言ってしまったが、どうやら彼女はそれを聞いて、やはり年相応な子供なんだと認識してしまったらしい。
それは誤解なんだが……まあ、いいか。黙っておこう……。
開け放たれた窓からは、優しい風が入り込んできていた。