■ Whaite day01 ■
私がユウに出会ったのは、真っ白な雪が降り続く夜だった。
4年前 ―――――
……降りはじめたか。
冷たい感触を覚えて、空を見上げた。一度は止んでいたはずの白い雪が、ゆっくりと宙を舞いながら落ちてくる。
「統帥っ、こちらです」
コートの襟をかき合わせ、宝石店の前で待っている部下の元へ急ぐ。
今回、テロリストの犠牲となった宝石店では、すでに金の騎士団員が忙しそうに調査を行っていた。
「どうだ、なにかわかったか?」
“ゴールド”の称号を持つ、自分より4つ年上の青年に尋ねる。
「やはり、今回の襲撃はレオン=ライムの仕業と考えてよさそうですね」
レオン、か。
予想した通りとはいえ、あいつも堕ちたな。国王暗殺を狙ったかと思えば、次は宝石強盗。どうせテロにかかる費用集めだろうが、ここまで醜悪になると生きてるのも恥だろう。
「生き残ったものはいないのか?」
「それが一人だけ襲撃の際、机の下に逃げ込み生き残った証人がいるんですが……」
彼の話を聞きながら、降り始めた雪を避ける為に襲撃のあった店内に入る。
一歩足を踏み入れただけで、血なまぐさい匂いが鼻をつく。死体は回収されていたが、今だ店内は真っ赤な血に染められていた。
「あそこにいるのが唯一、生き残った証人です」
“ゴールド”は、奥の角で椅子に座り、毛布に包まれている金色の髪をした女の子を指す。
「名前はリラン=レーテ。12才でセイント初等部の6年生。この宝石店で友人と待ち合わせをしていた時に今夜の襲撃にあったそうです」
12才か。いくらテロの襲撃が多発する国とはいっても、その幼さでこの惨状に遭遇するのはつらいだろう。そう思いながら、傍へ近づいて行くと少女は顔をあげた。
エメラルドグリーンの瞳が、恐怖に怯えてると一目でわかるほど、潤んでいる。あどけない少女の顔は真っ青だった。
ココアの香りがするカップをもってきた部下からそれを受け取り、かがんで彼女に渡す。
「話しを聞いてもいいかい?」
できる限り優しい口調で聞くと、少女は一瞬びくっ、と身体を震わせたが、すぐに小さく頷いた。
「君はここで友達と待ち合わせてたんだね?」
ゆっくりと頷く少女に、思わずため息が零れそうになるのをなんとかこらえる。
(時間がかかりそうだな……。)
諦めつつも、次の質問にうつろうとした時、いきなり店のドアが大きな音を立てて開いた。
「リランっ!!!」
一人の少女が駆け込んできてそのままの勢いで彼女へ抱きつく。
天使 ――― ?
その少女の背中に真っ白い翼を見たような気がした。
――― ・・・ ―――
「大丈夫だった?」
少女がそう聞くと、今まで不安そうな顔を浮かべていたリランがホッ、としたのがわかる。
「……ユウ。あそこから走ってきたの? 雪まみれよ」
リランは苦笑しながら、少女の身体中についている白い雪をパンパン、と払う。
その音で我に返って、あらためて白い翼に見えたそれが、雪にまみれた少女の姿だった、と納得する。
「 ――― 君は?」
「私はユウ=クレイス。リランの幼なじみです」
そう言って、彼女はまっすぐと視線を向けてきた。
「じゃあ、ここで彼女が待ち合わせをしていたという相手かな?」
はい ―――。
意志の強い光を淡いブラウンの瞳に宿して、はっきりと頷く少女に、知らず好意が浮かんでくる。それだけじゃない。
彼女がこの店に入ってきたと同時に、血生臭く暗かった雰囲気から一転、穏やかな空気が流れ出したことに気づいた。
「クレイス? もしかしてクレイス大臣の?」
王室を支える大臣たちの中でも、もっとも大きな財閥を抱えるクレイス大臣。この国にとって、彼の存在は王室の次になくてはならない存在だ。
確かに娘がいたのは情報として知ってはいたが ――― 。
「とりあえず、今日は帰ってもいいでしょう? 話しなら明日でも構わないですよね?」
リランの手を握りながら大人顔負けにハキハキと言うユウにたいして、思わず頷いていた。
「あ、ああ ―― いいよ。それなら明日にしよう」
「ありがとうございます。じゃあ寮の方で」
セイント学園が全寮制だったことを思い出し、「わかったよ」と私が頷くのを確認すると、彼女はリランとともに店を早々と出て行った。
「すごいな……」
思わずぽつりともらす。それを聞き取った“ゴールド”は同意するように頷いた。
「ええ、すごい度胸ですね」
殺人のあった店にいきなり入って来て、堂々と出ていく。自分の身分をはっきり示すことで、信頼を与えるということを知っていたし。
リランに対しても、1日置くのはおそらく恐怖心を取り除くためだろう。
まったくあの年齢で、たいした判断力と決断力だ。
知らず彼女の出て行ったドアの方に視線を向ける。
外ではまだ白い雪が降り続いていた。