■ Whaite day 04 ■
酒場ダリアのドアを開けて中に入ると、騒がしい声が耳に入る。
(相変わらず、ここは騒々しいな……。)
肩を竦めて、統帥は慣れた足取りでカウンターへと向かった。空いている席に座って、
煙草を取り出し置いた。
「バーボンを」
「はい、すぐに」
店員は頷き、素早く作って持ってくる。
それを受け取って、なにげに店内を見まわす。
目的の男はまだ来ていなかった。
「隣、座ってもいい?」
不意に声をかけられて、反射的に頷く。
「どう、ぞ?!」
そうこたえて隣を見たとき、思わず息を飲んだ。
「ユ…、ユウ?!」
「びっくりした?」
悪戯が成功したとでも言うように目を輝かせて、ユウがそこに座っていた。
「ど、どうしたんだ?」
未成年がこの店に入れるとは思わなかった。最も、大臣の娘なら顔パスかもしれないが。
動揺が抜けない統帥に、ユウは手にしていたグラスを慣れたように傾ける。
「寮を抜け出して飲みにきたら、統帥の姿が見えたから」
「……それだけとは思えないくらい、タイミングがいいな」
ユウはなにも言わず、笑みを浮かべた。
そんな彼女のグラスを奪う。
「なにするの?!」
「まだ初等部も出ていない子供に、飲ませるわけにはいかないからね」
まあ、私も未成年ではあるが。
食い下がってくるかと思ったが、以外にもユウはおとなしくため息をついて諦めた。
「そろそろレオンが姿を見せる頃だが…」
そう口にしたとき、店の入り口に見知った顔が姿を見せた。
ひょろり、と背の高い。茶髪にブルーの目。
まちがいない。レオンだ ―――― 。
「ユウ…、」
危険だから店を出るように指示しようとして、彼女がいた場所に視線を移したとき、
その姿はもう消えていた。
どこに行ったのか。
疑問に思うまもなく、レオンが近づいてくる気配を感じた。
ぎりぎりまで、距離を詰める。
今だ ――― !
「レオン、手を挙げるんだ」
彼の方を振り向くと同時に、銃口を向ける。
場が騒然となった。
「‘ Z ’……」
レオンがもらした一言でその場が静まる。
当然だ。‘Z’の邪魔をした者は射殺さえ許されるのだから。
「久しぶりだな、レオン。いや、」
相手のブルーの目を見据えて、その先を告げる。
「もと‘リーダー’と言った方が懐かしいだろうね」
「ふん。わざわざ統帥ご本人がいらっしゃるとは光栄だな」
じりっ…、
レオンは軽く手を挙げながら、睨みつけてくる。
「おとなしく、牢に入ってもらおうか?」
「……イヤだねっ!」
レオンは目の前にあった椅子を蹴飛ばし、ドアに向かって逃げようとした。
バアァ ―――― ン…………
銃声が鳴り響く。
真っ赤な血が流れ、レオンは倒れた。
「そんなことで、私が狙いを外すわけないだろう」
バカなヤツだ。
「これは……えの…わ…な……だ……た ―――― ?」
うめくようにレオンが言葉にする。
なに? どういうことだっ?
倒れているレオンの襟をつかんで揺らす。
「おいっ、どういうことだ?!」
おいっ、、
だが、どれだけ問い詰めても、答えが返ることはなかった。
どういうことなんだ?
『お前の罠だったのか ―――― ?』確かにあいつはそう言った。
もしかして、レオンをあの場所に呼び出した人間がいるのか?
そう。何かが引っ掛かった。
なぜ、追われている身であの酒場に姿を見せたのか。
バカとはいえ、もと‘リーダー’だったヤツだ。『Z』の情報網の凄さはわかっているはず。
夜の風が冷たく車内の中に吹き荒れる。
車を走らせながら、考えに吹け込んでいた。
この事件の関係者でそんなことをする必要があったのは ―――― ?
そう考えて、統帥はもういちど車をUターンさせ、酒場ダリアへと向かった。
――― ・・・ ―――
セイント学園、放課後。
下校の途中。ユウは口笛を吹きながら、楽しそうに歩いていた。
「上機嫌ね、ユウ」
「まあね」
ユウは隣を歩くリランに優しい笑みを向けた。
「聞いた? 宝石強盗が死んじゃったって」
「よかったね、リラン。もうこれで悪夢は見ないでしょ?」
「うん! でも ――― あっ、」
言いかけて、リランは門の方を見ると、驚いたように声をあげた。
それに誘われてユウも視線を向けると、そこにはZ団の統帥が車に寄りかかって
立っていた。
ユウは無視して横を通り過ぎようとしたが、彼に腕を掴まれる。
「おっと、せっかく会いにきたのに無視とは悲しいね?」
「な…っ、もう事件は終わったんだから関係ないでしょ?! 離して!」
暴れる彼女を難なく抑えながら、統帥はにっこりと優しい笑みをリランに向ける。
「リラン、悪いが彼女を借りるよ。門限までには帰せると思うから」
そう言うと、助手席にユウを乗せ、自分も運転席に乗り込んだ。
車が走り去るのを見送りながら、リランはため息をついた。
でも、あの事件が起こってからなんだか、ユウ。貴方が遠い存在になっていくような、
そんな感じがしてしまうのよ ―――― 。
リランの心配をよそに、車に乗せられたユウはふてくされていた。
「……酒場の人間に聞いたよ」
「なにを?」
怒ったようにユウは聞き返す。
「あの晩、レオンを呼び出したのは君だってことをね。君は資金を提供すると言って、
レオンを呼び出し、同時に私たちに情報が漏れるようにしたってわけだ。ちがうかい?」
「 ――――― 仕方なかったのよ」
別に隠すつもりはなかったのか、ユウは肩をすくめて素直に答えた。
「だって、そうでもしないと貴方たちのやり方じゃ遅いんだもん」
遅い…、か。
確かに今のZの力に限界を感じるのは確かだが。
いくら情報に優れてるとはいえ、下から上にくるのに時間がかかり。上から下に命令が
いくのも遅すぎる。
はっきり言って、今のZには優秀な人間が限られているんだ。
だからレオンのように、馬鹿なことをしでかす奴も出てくる。
「Zの内情を知っていたのか?」
「私も、それなりの情報網は持ってるから」
まったく尊敬するな。
いくらクレイス大臣の娘とはいっても……。
「でもなぜ、そんなに早くレオンを捕まえる必要があったんだい?」
「リランがあの日から悪夢にうなされるようになったから。そういうのを治すには、もとを
たたないとね。まさか、殺しちゃうとは思わなかったけど ――― 」
最後の方はどうでもいいかのような口調で、彼女は答えた。
全てはリランのためだったっていうのか。
呆れたように見つめると、彼女はまっすぐと見つめてきて否定する。
「自分のためよ、」
リランを守ることが自分のためだ、とでも言うように。
ユウのまっすぐな瞳を見つめ返しているうちに、思わずキスをしてしまっていた。
彼女の目が驚きに見開かれる。
「なっ…?!」
「見つめられると、反射的になるもんでね」
赤信号が青になり、車を走らせる。
正面を向いたままで、ユウは少し怒ったように言った。
「車を止めて」
「初等部を卒業したら、Zに入団しないか?」
ユウの言葉を無視して言うと、彼女はため息をついた。
視線を向けて、強い口調で言う。
「私はリランに関わること以外には、絶対に行動を起こさないのよ。絶対にね」
もう、降ろして ―――― 。
その願いとは反対に、車のスピードを上げた。
「統帥ッ?!」
「‘Yes’っていうまでは、お断りだね」
車のドアのロックを固定する。
「絶対に‘No’よ!」
「Z団を敵に回したら、君のリランの無事も保証できない」
今回は君の勝ちだったかもしれない。だが、君ひとりでZ団を相手にできるわけがない。
答えはひとつだけ。
「……クレイス家を敵に回すわけ?」
「残念ながら、このことは君の父親には了解を得てるよ。君がZ団に入ると言ったら、
心から喜んでいた」
そうでしょうね ―――― 。
あの両親は、自分が屋敷に戻らなければいいのだから。
統帥の言葉を聞いて、拗ねるようにそう口にするユウに彼は笑みを浮かべた。
「その通り。Z団は寮生活だからね」
最後の足掻きをあっさりと受け流されたユウは、仕方ない、とばかりに頷いた。
「わかった。とりあえず、入団はするから、車を戻してくれません?」
もちろんだよ、思惑が上手くいって、車を寮の方に向ける。
「提案だが、寮がイヤなら私の屋敷でも構わないよ」
「その提案は却下ね」
にっこりと笑って言うユウにため息をもらしながら、これからの長い付き合い。
もう逃れることの出来ない天使との未来に、統帥は嬉しそうな笑みを零した。