■ Whaite day 03 ■
「……車のところまで、送るつもりだったんだけど?」
ハンドルを握ったまま、煙草の灰を灰皿に落とすと、助手席に座っているユウから不機嫌な声が返ってきた。
「30分くらいいいだろう? ドライブだよ」
ちらり、と視線を向けるとユウは窓の方を向いたまま、外の景色を眺めていた。
「本当にイヤなら、はっきりと断ればよかったんだ。無理強いしたつもりはないけどね」
ただ助手席のドアを開けて、勧めただけだ。
初等部に属する彼女をむりやり連れ出しては、いくら「Z」の統帥とはいえあるまじき行為だと責められるのはわかっている。乗ったのは、彼女だ。勿論、それは聞きたいことがあったからだろう、と統帥には推測できた。
「 ―――― 宝石店襲撃の犯人はわかってるの?」
ふと、ユウが口を開いた。
「わかってるよ。レオン=ライム率いるテロリストだ」
重要機密でもなかったため、そう答えると、ユウは続きを求めるように窓に向けていた視線を動かしてきた。
「以前には、国王暗殺まで企んでいたヤツだよ。もっともZの活躍で未然に防げたが。テロとして動く資金がなくなり、今回の宝石店襲撃に及んだんだろう」
「なんでそいつってわかったの? 宝石店を襲撃するテロなんて、この国では珍しくないでしょ?」
ユウの疑問を聞きながら、煙草を一息吸って、言葉とともに煙を吐き出す。
「理由は二つある。宝石店襲撃に使われた拳銃が、レオンのものと一致したんだ」
「もうひとつは?」
「私の勘、だよ」
そう答えると、ユウは呆れたように笑った。その姿に思わず、笑みが浮かぶ。
なぜだろう?
今まで他人に気を許すことなく、心を閉ざして来た自分がこの少女といると穏やかになれる。それはとても不思議で、どこか苛立つものもあった。
信号が赤に変わり、ブレーキを踏む。
「……君が犯人を知りたいのは好奇心?」
視線を合わせて、訊ねる。
「貴方が私を車に乗せたのは、好奇心?」
「もちろん。君を好きになったからだ」
同じように問い掛けてきた彼女に、からかいと本気を半々にして答える。まさかいきなりそうくるとは思わなかったらしい。彼女は激しい動揺を見せた。
「あっ、あんな…、短時間で?!」
「人を好きになるのに時間は関係ないと思うけどね。まあ、もっといえば。もともと君の顔が好みなんだよ」
そう言って笑顔を浮かべると、彼女はぷいっ、とまた窓の方へ顔を向けた。
その気の強さもね ――― 。
「おじさんのロリコン…?」
ユウのそんな呟きが聞こえて、思わずそっちに顔を向ける。
「おじさん ―――― ?!」
「えっ。きゃあ、前っ、前みてよっ!!」
驚いたように言うユウに、慌てて前を見るといつのまに対向車線に入っていたのか、前から車が突っ込んで来た。
「わっ!!」
急いでハンドルを切る。
プァ ――― ッ!!!!
突っ込んで来た車からクラクションの非難を浴びながら、なんとか避けきった。
……ふぅ。
道路の端に止めて、一息つく。だが、すぐにこうなった原因を問いただした。
「おじさんって誰のことだい?」
無言で見つめてくるユウの表情には、あなたです。と書いてあった。
「ユウ。私のことを何才だと…?」
「顔と物腰から判断して、20半ばか、前半?」
がっくし…。
確かに20過ぎの男と12の娘ではロリコンと言われてもしかたがない。だが、だが……。
「私はまだ17だ!」
「……え?」
きょとんとした瞳で、彼女は統帥を見た。
「17……貴方が?」
たしかに。今まで年相応に見られたことはないが……。そこまで驚かれると ―― 。
「ご、ごめんなさい……」
「まあ、でも5歳の差でも君から見ればおじさんかな?」
苦笑して言うと、ユウは恥ずかしそうに首を横に振った。再び車を発進させて、寮に引き返す。
「そろそろ戻った方がいいだろう」
寮の近くで車を止めると、ユウはシートベルトを外して車を降りた。
「また、会えるかい?」
窓越しに訊くと、ユウはそれに答えることなく曖昧な笑みを浮かべて寮の門がある場所へと戻って行く。走り去る彼女に心を残しながら、車のエンジンをかけた。
―――― ユウ=クレイス。
セイント学園初等部所属。成績優秀。スポーツ万能。人望は厚い。クレイス大臣の一人娘。実の母親は5才の時に病死。同年、義理の母親ができるが、このとき、セイント学園幼等部に入る。
「両親との関係がうまくいってないみたいだな」
休みの時は帰宅が許されるのに、1度として帰った様子はない。もっとも、当然だろう。あのクレイス大臣はともかく。彼の妻は幾人もの愛人を作っている。
確か以前、私にも何度か色仕掛けで迫って来たことがあったな。
権力と金を振りかざす父親と、男に媚びる義理とはいえ母親か。そんな場所へ帰りたいとは思わないのだろう。
「なぜ、彼女のことを? 調べるのなら目撃者であるリラン=レーテの方では?」
コンピューターでユウの資料を見ていた統帥にむかって、‘ゴールド’が訊ねる。
「それは君たちが調べてくれるだろう? これは私の趣味だよ」
仕事の話しをしている最中に、趣味だよ。と言い放つ統帥に思わず、彼の口から溜息がもれる。それに気づいて、とりあえずコンピューターの電源を消した。
「で、なんの話しだったかな?」
「レオンのことです。今夜8時にダリアという酒場に現れるそうですよ」
ダリアの酒場に8時か。
腕にはめている時計を見る。
「なにも統帥本人がいらっしゃらなくても……」
立ち上がってドアの方へ向かう統帥をあわてて‘ゴールド’は引き止める。
「いや、奴との決着は私がつけるよ」
このままあいつを野放しにはしておけない。
もう、邪魔だからな。
統帥の思惑を知らない‘ゴールド’は心配そうな表情をしている。
「心配ないさ。一人で行ってくるから待機だけしておいてくれ」
わかりました、
彼が頷くのを聞いて、外へと向かった。