02. LostWorld没ネタ編。

2010年03月04日

前提(没ネタ)。

サイトにアップするには纏まりがつかなかったものの、とりあえず書いちゃったので更新できないときになんとなくUPしてみます。纏まった終わり方していないので、そこらへん意味不明な感じで。毎度のこと。けど毎度以下。うん。

没ネタ1(LostWorld)

 よって某種族の消滅を願う、そう書かれた申請書を見て指で弾く。
 ここまで回ってきたことを考えると、関わる神々たちの間で散々試行錯誤されてきた結果だろうとはわかる。自分よりも経験を積み重ね、頭脳明晰な神たちが出した考えを否定するのはできないわけじゃないけれど、客観的に――というより、次期神帝として考えたときには賛成だと思えば、態々その理由を挙げる必要はないかもしれない。
「だからって、書類一枚を見てそうですかーってわけにもいかないわよね」
 溜息交じりに落とすと、珍しく執務室に一緒にいるザナンがソファに寝そべったまま、面倒そうに口を開いてきた。
「……いや。その種族に関しての消滅は俺も賛成だ」
 わずかに真剣な口調が混じっていることに気づいて視線を向けると、彼の目は閉じられたまま。仰向けに頭を肘掛に置いたソファに乗せて身体をゆったりと伸ばしている姿は気紛れな猫を思わせる。くつろいでいるように見えて、今は所要で出ている補佐官のシスイが戻ってくる気配を捉えたらすぐに出て行くくらいには警戒心をだしている。
「ザナン、知ってるの?」
「あたりまえだろ。今はまだ力の片鱗しか現われてねーけどな。そいつら、育って数が増えたら本能によって星ひとつぶんの生命体を滅ぼしちまうぜ。あー、ちなみにおまえの考える共存のどんな理由もこの種族に限り、通用しねぇよ」
「――へぇ」
 ここまで口出してくるザナンが逆に珍しくて、好奇心が疼く。
 再び書類に視線を戻して、存在する星の名前を確認しようと意識を向けた瞬間――さらりと書類を奪われた。
「あっ!」
「ユーファ。俺に余計な仕事させたくはないよな?」
 しまった。
 さっきの返答でどうやら何を考えているか見透かされてらしく、いつのまに移動していたのかザナンが目の前に立って机に手をつき、身を乗り出してきていた。ひらひらと、奪われた書類が目の前で揺れる。その向こうでは、有無を言わせない凄みを帯びた笑みを浮かべ、裏腹に剣呑な光を湛えた瞳のザナンの顔がある。シスイに笑顔で迫られるのも怖いけれど、これも恐ろしい。
 暗に、余計なことに首を突っ込むな、との警告が伝わってくるからだ。
「首に縄をつけてほしいなら、いつでも言えよ」
 更に威圧感たっぷりに言われる。シスイの場合は脅しとわかるけれど、普段冗談を言うわりにどちらかといえば有言実行タイプだ。しかもこれだけの雰囲気を前にしては絶対やる。
 思わず首を振って、慌てて頷く。
「じゃあ、<誓言>として誓え。今回は大人しくしてるって」
 続いて言われた言葉に、ハッと息を呑む。
 丁度この書類を処理するタイミングで彼が執務室にいたのは偶然じゃない。わかっていて居座っていた。それほどにこの種族に関わってほしくないんだと理解して、素直に応じるしかなかった。面倒に思いながらも<誓言>として身を案じてくれる立場の彼を信頼しないわけがない。
「誓うわ。関わらないって」
「イー子だ。なら、さっさとサインして終わらせとけ」 
 ぽんぽんっと撫でるような、叩くような微妙な動きで頭を触られる。大きくかたい手のひらは、容易く包み込んでくる。くすぐったい気持ちになりながら、机の上に置きなおされた書類を見直す。
 それでも、ほとんど暗記した消滅への理由を再び読みながらサインをするときには溜息が零れ落ちていた。

2010年03月28日

没ネタ2(Lost~)

 月神によって作り出された月は天神界の夜を殊更、幻想的に描き出す。控えめに煌く星も調和され、見上げるたびに自然と溜息が零れ落ちた。この空ひとつとっても、様々な神の力が施されている。
 次期神帝――つまり、ユーファの住む西殿に造られた最も高い塔の屋上に寝転びながら、見上げた先にあった月に目を止めて天神界の夜の空を作り出している神々の力の片鱗を感じていた。
 塔の下、というより西殿内を走り回って探している女官達の気配がざわざわと伝わってくる。纏わりつくままにしている精霊が、探されていることをわかっていながら動かないユーファに疑問の声を投げかけてくる。
(――いいの? いいの?)
 まったくもって、いいわけがない。
 神々によって、朝昼夜が描き出されてはいるが基本的にこの天神界でそういった時間の縛りはなく、それ故に夜になったら政務が終わるということもない。スケジュールでは、これから唯一神たちとの正宴(せいえん)がある。神帝を初めとする神々の交流会で、正式な伝統的行事だ。勿論、次期神帝がさぼっていいはずがない。
 適当な時間になったら、きちんと顔出しくらいはしようと考えてはいるが、それまで女官に捕まることだけは避けたかった。普段から簡易衣装しか身につけないユーファを、ここぞとばかり正装を着用させようとはりきるからだ。幾重にも折り重なる繊細な模様が描かれた衣を何枚も纏わされた挙句、首飾りや耳飾、はては冠、更には隙のない化粧まで。
 暑苦しい。息苦しい。重苦しいの三重苦をわざわざ味わいたくはない。
『――本来は。毎日、このような衣装を身につけて政務を行なうものなのですよ!』
 身の回りの世話をする筆頭女官が、そんなぞっとするようなことを言っていたことを思い出して、月を眺めていたときとは違う溜息をついた。
 ふと、近づいてくる珍しい気配に気づいて、上半身を起こし、この場所の出入り口になっている階段に視線を向ける。
 やがて姿を現したのはレイラ=カルシオンで図書館の司書をしている神族のひとりだ。月の光を透かしたようなキレイな金の髪に淡い青色の瞳。優しい面差しをしている彼女は、澄んだ声とともに心を和らがせてくれる。特に彼女が作る料理が気に入っていた。
 最近は時間を作っては図書館に会いに行っているし、時々は執務室まで招いてともにお茶をしたりはしている。けれど、招かれない限り西殿に足を踏み入れようとしない彼女がこの場所にいる理由が思い当たらない。
 レイラは段をあがりきり、床に座り込んだままのユーファの傍まで歩み寄ると、同じように座って頭を垂れた。
「レイラ」
「――予定も入れず、会いにきてしまって申し訳ありません」
 礼節を持って謝罪する姿に、相変わらず律儀だなぁと苦笑が零れそうになったが、相手は真剣だからと飲み込んで、首を振る。
「いいよ。頭を上げて。特に何かしてたわけじゃないしね」
「ユーファ様」
 許可をし、ついでに肩を竦めて言うと、顔をあげたレイラにわずかに緊張を含んだ声で呼ばれた。いつも穏やかな青い目にも咎めるような光が浮かぶ。
 その一瞬で、レイラが何をしにきたのか推測できてしまった。
「シスイに頼まれて、ザナンに居場所を尋ねてきたのね?」
「兄に頼まれたものを運んでいたのですが――、シスイ様が女官たちに囲まれ泣きつかれて困っているところに通りかかってしまったのです。私は着付けもできますから、着替えさせて連れてきてほしいとお願いされました」
 シスイに女官軍団――。
 ユーファでも敵わないところだ。レイラも巻き込まれるとは思わなかっただろう。
 うーん、と唸りながら、とりあえず心を込めて謝罪する。
「ごめん、お手間をおかけしました」
 頭を下げると、いいえ、とやわらかな声が聞こえてきた。仕方ないですね、と苦笑混じりの言葉に、顔をあげる。
 レイラは困ったような微笑みを浮かべていた。
「ユーファ様のお気持ちもわかりますから。正装をされるときの女官方の気合は――ほんの少し、力がこもりすぎですね」
 あれをほんの少し、と言っていいものか。ユーファにすれば、やりすぎでしかない。
「ですが、女官たちの気持ちもわかります。あれほど正装がお似合いなのに、滅多に着ていただけないのですから。普段から適度に飾られていれば、多少はやわらぎますよ」
 それは些か楽観過ぎた意見のように思う。
 最も、いつも西殿にいて政務をしているだけなら、衣装が飾り立てられようと邪魔にはならない。それを嫌だと感じるのは、ユーファの場合は単にそこから抜け出して、様々な場所へ飛び出していくからだ。次期神帝にあるまじき行為。それ故に、正装だと動きにくく感じてしまう。
「好きなように飾られて、そこに座っているだけなんて人形のようで居心地悪いでしょ」
 本心でそう思っているわけでもないけれど、なんとなく。
 時折、心を過ぎる想い。
 「次期神帝」としてやらなければならないことは多々あったとしても、自分自身がするべきことかはわからない。さっきまで眺めていた月のように。夜を演出するために必要なものであったとしても、それが造られたものだと知っているから本当はそこになくてもいいんじゃないかと思ってしまう。
「あなたが人形なら、私もシスイ様もザナン殿も傍にいたいとは願いません。特にシスイ様とザナン殿のおふたりは天神界でも個性溢れる神です。シスイ様は唯一神を選ばれ、ザナン殿は天神界に留まられることはなかったでしょう」
 ふたりを思い浮かべて、そうなったときを想像する。
 神位に相応しい能力を持つシスイ。自由気ままなザナン。本来自我が強く、誇り高い神という存在は何ものにも縛られはしないはずなのに――。思うよりも、見えない鎖に絡め取られている。自らもその鎖の一端を担っていると思うと、胸が痛んだ。意図してはいなくても。
 わかってはいても、シスイを補佐官に。ザナンを<誓言>にしている以上は他の誰かに弱さを見せるわけにはいかない。
「――そうだね」
 喉から出かかった言葉は、レイラの優しさを想って、ただ肯定するだけのものに変わった。
 やわらかい微笑みは、独りで月を見上げていたときに感じていたかもしれない寂しさを包み込む。癒されるけれど、飲み込んだ気持ちは胸にまた少し溜まっていく。
「ユーファ様?」
 怪訝そうに眉を顰めるレイラに笑顔を返して、立ち上がった。
「そろそろ行かなきゃね。着替えを頼める?」
 本当は自分でも着ることはできるが、もう少しレイラと一緒にいたいという気持ちがあった。飲み込んだ言葉を、胸に溜まっていく気持ちを忘れておくために。

2010年04月27日

没ネタ3(Lost~)

 世界は広い。
 天界だけでも数多の種族が棲み、更には幾重にも積み重なった空間に存在する星や空間領域。勿論、そこに存在する生命体。何百年、何千年を生きて旅しようとすべてを見るのは神々であっても到底敵わない。だからこそ、興味は尽きることなく、またそこでの出会いに好奇心を擽られる。
 次期神帝として天神界に常に在ることが義務付けられているとはいえ、ユーファ自身も幼い頃から本やら書類、講義果ては会議で話しに聞く異種の生命に興味を持つのは当然で、更には仕事では書類上でその生命体の存在を左右する判断をしなければならず――勿論、そのために多くの手足となる唯一神たちや元老神がいるわけだが――、存在を知ることなく決断するには胸の片隅にいつも躊躇いが残る。だからこそ、どんなに厳しい罰が待っているとわかっていても、飛び出してしまうわけで。
「……ユーファ様。だれに向かって言ってるの?」
 唐突に持っていた本をぐいっと下げられて、キレイな琥珀色の双眸が目の前に現われた。
「わっ?!」
 思わず声を上げて後ろに下がろうとしたところで、座っていた椅子の背もたれにぶつかる。衝撃を受けた背もたれ共々そのまま倒れようとした瞬間、腕をつかまれた。どさっと椅子だけが床に倒れる音が聞こえる。
「ヴィ、ヴィーナっ? び、びっくりした……」
「どうしてそんなに驚くのかしら? なにかやましいことでも?」
 神々の女性のなかで最も美しい女神と称えられ、美の女神の敬称を戴いている彼女は、その美貌に意地の悪い笑みを浮かべる。どんな表情をしたところで見惚れずにはいられない顔は間近で見つめられるだけで頬に熱を持ってしまうところだが、長い付き合いのユーファは思わず溜息をついた。
「違うって。っていうか、やましいことをした結果が今なんだけど……」
 床に倒れてしまった椅子を戻して、再び座りなおす。
 目の前―というより両方にうず高く積まれた書類は立ったままのヴィーナと同じくらいの高さにある。さっきの衝撃でも倒れなかったのはなんらかの術がかけてあるに違いない。最も、両方から倒れてきたら間違いなく埋められてしまっていたところだ。
「さっき聞いたところよ。第二星系まで出掛けたのを元老神のひとりに知られ、急遽ザナンに連れ戻されて神帝のお叱りを受けたって」
「――そのあと、老師に仕事を回されて、シスイの監視で執務室に閉じ込められてるって聞いたの?」
 面白そうににやにやと笑うヴィーナに不満顔で付け加える。
 抜け出すのはいつもののこととはいえ。よりにもよって元老神のひとりに見つかるなんて――。本来、見つかるはずのない時間帯だったのに。仕事は一段落、会議も会合もない。次期神帝としての役目が空いているところで、息抜きできる時間だった。天神界にいるのなら問題はなかったところだが、第二星系にいる飛龍族に会いに行ったところで偶然、神帝の命で飛龍族の族長と話していた元老神のひとりに見つかってしまった。
 あれが若い神なら丸め込んでどうにかなったのに。
 よりにもよって、元老神――。
 <誓言>であるザナンを呼びつけられて神帝のもとに直接連行されてしまった。まさに言葉の通り、首根っこを掴まれて引きずられるまま。
 その後は一連作業。
 神帝に叱られたあと、老師に説教をうけ、シスイに皮肉を言われながら仕事を増やされ、今に至る。
 もう数えるのも馬鹿らしいくらい繰り返してるんだから、諦めてしまえばいいのに。叱ることも。説教も。
「っていうか、ユーファ様こそ諦めなさいよ。神帝が天神界から出ることが問題なんだから」
 向かい側に座って、頬杖をついたヴィーナは呆れたように言った。そんな仕草さえ優美な動きになってしまっている。
「まだ神帝じゃないって。それより自由はあるはずなんだけど」
「なにかあってからでは遅いのよ」
「まぁ。そのときはファズライがいるでしょ」
 幸いにもユーファには弟の存在がある。ファズライは優秀で、実質ユーファに劣るところは見られない。むしろ、神としての自覚があるだけ、次期神帝に相応しいといってもいい。ただ少し、彼にはユーファべったりなところがあるから、そこが問題だ。うっかり次期神帝に代わりにならないかなんて、言ってしまえば最後。「僕と姉さま以外の生命を滅ぼしていいんだったら代わってもいいよ」とかなり真剣な顔で言われてしまった。神の自覚はあっても、神帝としての役目はまるで無視らしい。
 それでも、ユーファに何かあったときには彼が次期神帝。
 神は性格に一癖二癖あって当然だから、まぁなんとかなる、かもしれない。
「――そうならないために、あなたを鳥籠に入れておくの」
 さっきまでの面白そうな含みのある声とは違って、真剣な響きがある言葉に、ハッと視線を向けると、射抜くような鋭い視線を投げかけられていた。いつも面白いことを探して一瞬ごとを楽しんでいる彼女の真剣な表情は滅多に見られず、それだけに本気が伝わってくる。
 どうやら、ヴィーナの禁忌に触れてしまったらしい。神帝からのお叱りや老師の説教。次々に重なる仕事の量に気持ちがささくれ立って、いつもは飲み込むはずの言葉を反射的に言ってしまったことに気づいた。
 美しい顔に氷のような冷たさが宿る。
「ファズライ様がいる。そんな気持ちで飛び出していくなら、私も鳥籠の出入り口を塗り固めることに賛成するわよ」
「ヴィーナ……」
 どう返事をすればいいのか探している間に、彼女はすぐに纏っていた冷たい空気をかき消し、いつもの華やかな笑みを浮かべた。
「私は<誓言>を諦めて、貴女の親友という立場で甘んじてるの。その立場まで危うくするような真似はしないことね」
 つまり、ユーファが神帝にならなかったら――その素振りを見せたら、他の神々と同じ閉じ込める側に回る、と堂々と宣言されたようなものだった。
 胸にずしりとした重みを感じる。
 叫びだしたい気持ちが膨れ上がってくる。それは次期神帝としてじゃなく――ユーファ自身が抱える問題だ。
 今はまだその問題と向かい合うには心の準備ができていない。
 だからこそ、誤魔化すために、はいはいと軽い口調で応じる。
「わかってるって。だからこうして大人しく仕事してるでしょ」
 わざとらしく読んでいた書類を手に取り、ヴィーナに向かってひらひらと振って見せた。疑わしい視線を寄こしていた彼女の目が不意に驚いたように見開かれる。焦った様子で紙を取ろうと身を乗り出してくる。
「ちょっと、その書類!」
「ヴィーナのところで開催される世界一の美の神を決める大会にかかる予算増額願い、だね」
「その担当は別の唯一神のはずよっ。どうしてユーファ様がっ!」
「どうにかしてほしいって回ってきたみたい」
 にっこりと微笑んでみせる。
 ヴィーナの言う通り、予算を組む案件は唯一神の担当で、最終決定もまた、別の機関に回されるから、本来はこういった書類は回ってこない。けれど、ヴィーナは美の女神として崇められているのと同じくらいに、我侭な女神としても恐れられている。無理な予算願いとはいえ、容易く却下してしまえば、乗り込まれること間違いない。どんなに遠目からであっても見た瞬間に見惚れずにはいられない華やかな美貌に間近で迫られたら、無理で無駄な予算であっても、断りきれないと判断したらしく、ユーファに回ってきたというわけだ。
「第一、あの大会の予算は開催するのに十分な予算は出てるでしょ。なんでこんなにかかるの?」
「それは、……大会の規模を大きくするのよ」
「天界で世界一の大会なのに、あれ以上は大きくできないから!」
「これまで以上に盛り上げるための必要経費よ!」
 必死に言いつくろうヴィーナに呆れる。あの大会は天界でも一、二を争そうイベントだ。美しさを競うことも大切かもしれないが、あんなに盛大な大会にする必要があるか見るたびに疑問を抱くけれど。
 まぁ、何事にも自らの関心ごとにしか楽しもうとしない神々のほとんどがこの大会だけには興味を向けているから、いらないとは言わないけれど――。それにしたって、前回の二倍の予算増額なんて。
 もっとも、その理由はすぐに察することはできる。
「前回、あと少しでシスイに負けそうになったから、今回は派手なパフォーマンスでも考えてるんでしょ? そのための経費じゃないの?」
 美の大会は男女の選定はない。美しければ、誰でも参加できる。前回はシスイが参加して、審査員の評価はふたりに分けられた。彼と、存在した瞬間から大会優勝を連続制覇してきたヴィーナに。
 わずか百人の審査員の中、三人の差でヴィーナが勝ったものの、これまで全員一致で勝ってきた彼女は危機感を覚えたらしい。
「ユーファ様がシスイを参加させたんでしょ」
「うん。嫌がらせにね」
「だったら、私の優勝に責任持って」
「ヴィーナの美しさに敵う者はいないよ。だから自信を持って。下手にパフォーマンスするより、いつも通りで……」
「違うわよ。今回もシスイに参加するように命じてってこと」
 思いもがけない言葉に呆然となる。
 まさかそうくるとは思わなかった。シスイが参加しなければ、容易く優勝できるはずなのに。
 ――最も、ヴィーナは負けず嫌いだから、不戦勝は納得できないのかもしれない。
 そう思っていると、当然デショ、と彼女はさらさらと煌く長い髪をかきあげながら不敵な笑みを浮かべる。
「ライバルに圧倒的な差で勝ってこそ、ナンバーワンよ!」
 めらめらと炎を宿すヴィーナはすでに別世界に旅立っている。
 手にしている書類を読み返しながら、さっきの話を逸らせたことにこっそりと胸を撫で下ろす。
 あのまま続けていたら、察しのいいヴィーナは胸の奥に隠している私の本音を容易く見透かしてしまったかもしれない。そうなれば、彼女はすぐに鳥籠の出入り口を塞ぐ準備を始める――ような気がする。他の神々を巻き込みながら。最後には神帝にも知られてしまうことになるかも。
 その危険性を感じて話を逸らしたのはいいけれど、それにしても、と溜息が零れる。
 前回はシスイに貸しを作れたから、いつもの仕返しに嫌がらせを込めた命令を実行させた。つまりはヴィーナ主催の美の神の大会に出場させた。あれは普段有り得ないくらいの貸しを作れたからで、二度目があるとは思えない。終わった後も、思い出したくない。二度と出ないと、散々皮肉混じりの愚痴を言われた。あのあと、しばらくはそれとなく仕事が増え、その中に<誓言>への許可書が混ざる量も増えて、私も二度と嫌がらせはしないと肝に銘じたところだった。
 さて、どうしたものかと頭を抱える。
 目の前にはやる気になっている親友、ヴィーナの姿。脳裏には断固としてでるつもりはありません、と言い放つ補佐官、シスイの姿が浮かぶ。
 手にしている書類を却下したとしても、はたして彼女がシスイ参加を諦めるとは思えない。
 話を逸らした先で再び、悩むことになって、思わず今日の不運に重い重い溜息が零れてしまった。