…………祈りの声が聞こえる。
紡がれる言葉は、ずっと昔に教わった呪いの言葉。
(やめて! 私はちがうわ! 私は……!)
アルセリアは無意識に叫んでいた。
だけど、声が出ない。
少しづつ、どこからともなく近づいてくる声に、アルセリアは恐怖を覚えて耳を塞いで座り込んだ。
(たすけて! アルベルト!! いやっ、私はここにいたいのっ!)
アルベルトの傍にいたいの。愛する人の傍に……。
『アーシャ・ラフェタ ドヴィル ケル アーシャ・ラフェタ…………』
泣きじゃくるアルセリアに、けれど声はやむことなく近づいてくる。
(アルベルト!!!!!!)
アルセリアは必死の想いで愛する人の名前を心で叫んだ。
「アルベルトッ!?」
そう叫ぶと同時に、アルセリアは目を覚ました。
……え?
思いもしない感触に戸惑う。
ベット……。え?! ってことは、夢?
そう気づいて、アルセリアはほぅっ、と胸を撫で下ろした。
「ああ、目が覚めた?」
かけられた声に、視線を向けるとアルセリアは驚いたように目を見開いた。
「ゼムタ! あんたなんでここに??!」
「何でって言われても」
ゼムタと呼ばれた青年は、黒色を飾った切れ長の瞳に、からかうような光を浮かべて、深い青に染まっている髪をかきあげた。
「覚えてないんだ? ここ、僕の城だよ?」
「……え?」
言われた言葉の意味がつかめず、アルセリアは訝るように部屋を見回した。
確かに、真っ白い天井。豪華な絵が飾られてる壁。天蓋のついたベット、どれもがアルセリアの部屋のものとは違う代物だった。
「何で私があんたの城に? 私、確かアルベルトの帰りを館で待ってて……」
ご馳走を作ろうと、材料を採りに森に出てから……。
そしたら、森の入り口で女の子が男たちに襲われている映像を見た。―――― それから。様子を見に行ったら、いつのまにか男たちに囲まれてその中にいた呪使いに捕まった……?
「あんたが助けてくれたの?」
そう問いかけて、けれどアルセリアの脳裏から違う!、と声がした。
「な、わけないわよね? ってことは、あの女の子も男たちもあんたの仕業ね?」
目の前で楽しそうな笑みを浮かべているゼムタを睨み付けながら、アルセリアは訊いた。
「ぴーん、ぽーん。ご名答♪」
そう言いながら、ゼムタは彼女が横になっているベットの端に座った。
「なかなか森から出てきてくれないから、あんな手段に出るしかなかったんだ。騙したのは悪かったけど、君に会いたかった僕の気持ちもわかってくれる?」
「わかるわけないでしょ!!」
びしっ、と告げたアルセリアは一瞬、眩暈を覚えた。
「……なに?」
「ああ、ほらほら。そんなにいきなり大声出したら、頭痛めるよ?」
くすくす、と楽しそうな笑いをこぼす青年に、アルセリアは不安を覚えた。
「何か薬使った……?」
「またまたご名答♪ 鋭いね、アルセリア」
隠すことなく頷くゼムタの姿に、深いため息がこぼれる。
「いったい何が目的なの……?」
ゼムタは彼女のその言葉を聞くと、不意に真面目な顔になった。
「いつも言ってるだろう? 君と結婚したいからだって。一目ぼれなんだよ。僕のものになって?」
アルセリアの顎を軽く持ち上げて、ゼムタは顔を近づけながらそう囁いた。
「私の恋人はアルベルトよ。私と結婚したいのなら、彼に決闘を申し込むべきでしょ!」
「……あのね。いくら僕でもアルベルトと決闘なんかして、生き残れるわけないでしょーが」
一度、試したのだ。
アルベルトを呼び出して、剣や術に腕が立つ男たち百人ほどに襲わせた。けれど、結果はアルベルトは息一つ乱さずに男たち全員を殺すことなく、倒してしまった。そのあとで、原因であるゼムタに「次に同じことをしたら、お前だけは殺す」と、きっちり言い残されてるのだ。絶対にお断り、である。
「とはいってもね、アルセリアのことを諦められない僕としては、こうするしかなかったんだ」
切なげな光を宿して言うゼムタの言葉に、アルセリアは彼の手を振り払って、はっきりと言った。
「め・い・わ・く・よ!」
「また…、そんなずいぶんはっきりと……」
傷ついたように嘆息するゼムタは、肩をすくめた。
「まあ、いいか。暫らく僕と過ごしてくれればアルベルトよりいいってわかるよ」
その言葉に、アルセリアの顔から一気に血の気が引く。
「冗談じゃないわっ! 今すぐ森に帰して!っていうか、頼むまでもなく帰るけど!」
そう言って、アルセリアは呪文を唱えようとした。
「……え?」
普段なら唱える前から感じ取れるはずの魔力が集まらない。
訝って、耳を澄ませてみても、いつもは聞こえていた精霊の声が届いてこなかった。
不安が一気にアルセリアを包み込む。
「な、なんで……?」
訊かなくてもわかっていたが、それでもアルセリアの口から疑問が零れ落ちる。
ゼムタはすっ、と。アルセリアの眩いばかりの金色の髪を数本手に取ると、まるで女神にそうするように ――― そっと口づけた。
「少しの間でいいんだ……。僕にも君といられる機会を」
縋るように言われる言葉。
ぎゅっ、とアルセリアはベットの上。白いシーツを握り締めた。