ForestLond

森を夢見る恋人たち (3)

 …………祈りの声が聞こえる。
 紡がれる言葉は、ずっと昔に教わった呪いの言葉。

(やめて! 私はちがうわ! 私は……!)

 アルセリアは無意識に叫んでいた。
 だけど、声が出ない。
 少しづつ、どこからともなく近づいてくる声に、アルセリアは恐怖を覚えて耳を塞いで座り込んだ。

(たすけて! アルベルト!! いやっ、私はここにいたいのっ!)
 アルベルトの傍にいたいの。愛する人の傍に……。

『アーシャ・ラフェタ ドヴィル ケル アーシャ・ラフェタ…………』
 泣きじゃくるアルセリアに、けれど声はやむことなく近づいてくる。

(アルベルト!!!!!!)

 アルセリアは必死の想いで愛する人の名前を心で叫んだ。


「アルベルトッ!?」
 そう叫ぶと同時に、アルセリアは目を覚ました。

 ……え?

 思いもしない感触に戸惑う。
 ベット……。え?! ってことは、夢?
 そう気づいて、アルセリアはほぅっ、と胸を撫で下ろした。

「ああ、目が覚めた?」
 かけられた声に、視線を向けるとアルセリアは驚いたように目を見開いた。

「ゼムタ! あんたなんでここに??!」
「何でって言われても」

 ゼムタと呼ばれた青年は、黒色を飾った切れ長の瞳に、からかうような光を浮かべて、深い青に染まっている髪をかきあげた。

「覚えてないんだ? ここ、僕の城だよ?」

「……え?」

 言われた言葉の意味がつかめず、アルセリアは訝るように部屋を見回した。
 確かに、真っ白い天井。豪華な絵が飾られてる壁。天蓋のついたベット、どれもがアルセリアの部屋のものとは違う代物だった。

「何で私があんたの城に? 私、確かアルベルトの帰りを館で待ってて……」

 ご馳走を作ろうと、材料を採りに森に出てから……。
 そしたら、森の入り口で女の子が男たちに襲われている映像を見た。―――― それから。様子を見に行ったら、いつのまにか男たちに囲まれてその中にいた呪使いに捕まった……?

「あんたが助けてくれたの?」

 そう問いかけて、けれどアルセリアの脳裏から違う!、と声がした。

「な、わけないわよね? ってことは、あの女の子も男たちもあんたの仕業ね?」
 目の前で楽しそうな笑みを浮かべているゼムタを睨み付けながら、アルセリアは訊いた。

「ぴーん、ぽーん。ご名答♪」
 そう言いながら、ゼムタは彼女が横になっているベットの端に座った。

「なかなか森から出てきてくれないから、あんな手段に出るしかなかったんだ。騙したのは悪かったけど、君に会いたかった僕の気持ちもわかってくれる?」

「わかるわけないでしょ!!」

 びしっ、と告げたアルセリアは一瞬、眩暈を覚えた。

「……なに?」

「ああ、ほらほら。そんなにいきなり大声出したら、頭痛めるよ?」

 くすくす、と楽しそうな笑いをこぼす青年に、アルセリアは不安を覚えた。

「何か薬使った……?」
「またまたご名答♪ 鋭いね、アルセリア」

 隠すことなく頷くゼムタの姿に、深いため息がこぼれる。

「いったい何が目的なの……?」

 ゼムタは彼女のその言葉を聞くと、不意に真面目な顔になった。

「いつも言ってるだろう? 君と結婚したいからだって。一目ぼれなんだよ。僕のものになって?」

 アルセリアの顎を軽く持ち上げて、ゼムタは顔を近づけながらそう囁いた。

「私の恋人はアルベルトよ。私と結婚したいのなら、彼に決闘を申し込むべきでしょ!」

「……あのね。いくら僕でもアルベルトと決闘なんかして、生き残れるわけないでしょーが」

 一度、試したのだ。
 アルベルトを呼び出して、剣や術に腕が立つ男たち百人ほどに襲わせた。けれど、結果はアルベルトは息一つ乱さずに男たち全員を殺すことなく、倒してしまった。そのあとで、原因であるゼムタに「次に同じことをしたら、お前だけは殺す」と、きっちり言い残されてるのだ。絶対にお断り、である。

「とはいってもね、アルセリアのことを諦められない僕としては、こうするしかなかったんだ」

 切なげな光を宿して言うゼムタの言葉に、アルセリアは彼の手を振り払って、はっきりと言った。

「め・い・わ・く・よ!」
「また…、そんなずいぶんはっきりと……」

 傷ついたように嘆息するゼムタは、肩をすくめた。

「まあ、いいか。暫らく僕と過ごしてくれればアルベルトよりいいってわかるよ」

 その言葉に、アルセリアの顔から一気に血の気が引く。

「冗談じゃないわっ! 今すぐ森に帰して!っていうか、頼むまでもなく帰るけど!」
 そう言って、アルセリアは呪文を唱えようとした。

「……え?」
 普段なら唱える前から感じ取れるはずの魔力が集まらない。
 訝って、耳を澄ませてみても、いつもは聞こえていた精霊の声が届いてこなかった。

 不安が一気にアルセリアを包み込む。

「な、なんで……?」
 訊かなくてもわかっていたが、それでもアルセリアの口から疑問が零れ落ちる。

 ゼムタはすっ、と。アルセリアの眩いばかりの金色の髪を数本手に取ると、まるで女神にそうするように ――― そっと口づけた。

「少しの間でいいんだ……。僕にも君といられる機会を」
 縋るように言われる言葉。

 ぎゅっ、とアルセリアはベットの上。白いシーツを握り締めた。



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