ForestLond

森に還る恋人たち (7)

 ゼムタは目の前の光景を見て、更に自分の土だらけの手を見下ろし、しみじみとため息をついた。

「王子ー……僕もう疲れちゃいました……」

 隣で腰をとんとんと、叩きながら半ば涙目のムタを睨みつける。
 その視線に殺気を感じたのか、渋々と作業に徹していった。ふと、同じ従者のラミーアを見ると、彼はどこか楽しそうに作業をしている。無口ではあるが、長年の付き合いだ。雰囲気でわかる。あれは絶対に楽しんでるな、とゼムタは呆れてしまった。

「ほれ、王子。手が止まっとるぞ」
 後ろから、そう注意を受けたゼムタは苦笑いを浮かべた。

「……リングル老。どうして王子である僕がこんな地味な作業をしなきゃいけないのかな?」

 ムタは王子の声を聞きながら、冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
 王子のあの口調は絶対に頭にきている。そうなればなるほど、王子は爽やかなほどの笑顔を浮かべることを知っていた。

 確かに、枯れ果てて消えた森のあった場所に、一本ずつ苗木を植えていくというような作業は王子のすべきことではない。
 兵士たちを駆り出して、なお足りないと王子までやる羽目になっている。

 王子が頭に来ても、仕方がないかもしれないと思いつつも、此処で余計な言葉を挟めば災難は自分に降りかかってくると思ったムタは、自分の作業を黙々とこなしていくことにした。

「王子。すべては地味な作業から成り立っているのだよ。派手にできたもので、ろくなことなどありはせん。まして、国作りなど、地味以外のなにものでもなかろう。王子としてそれを経験するのと、ただ、知っているのとでは違うものじゃ」

 黙々と半端な数ではない苗木を植える作業を楽しんで行なっている兵士たちを眺めながら、リングル老は言った。

 木に触れる、自然を作ることが出来る。
 ――― その言葉を受け止めた兵士たちは自ら進んで始めていった。

 そうしていくことが出来る自分の国の民を守りたい、と王子は思う。

 自然と共有していくことでそれができるなら、この手を汚すことも、きっと厭いはしない。ときたま、弱音はでるとしても。
 それは友達だと言ってくれたアルセリアや、いつだって傍にいてくれるムタやラミーアたちが受け止めてくれるだろう。
 だからなお、守りたいひとたちのために。

「仕方ないなあ……」

 ふっと、息を吐き出して、ゼムタは自分のノルマを達成すべくまた苗木に
手を伸ばした。


 さて、と。
 全ての苗木を植え終えたことを確認すると、リングル老は杖をとんっ、とついた。

「次は何をするんだ?」

「再生の魔法じゃよ。わしにはアルセリアのように召喚の力は使えないからのぉ。あの子達の帰る場所を作ってやるにはこうするしかないんじゃ」

 ゼムタの問いかけに、リングル老は息をつく。

「王子、あの子達を頼む」
 背中越し、後ろにいるゼムタに声をかける。

 真剣な口調のその声に、しっかりした返事があった。

 二人だけの世界、というのは心配もあった。しかし、その中でも、あの二人は違う絆を作ろうとしている。そうでなければ、王子やこの国の者たちがこうまで手伝ってはくれなかっただろう。


 ――― だから、もう。大丈夫じゃ。


 これが最後に出来の悪い弟子にできるたったひとつのこと。
 リングル老は、意識を集中させた。
 持てる力の全てを使って ―――― 。


 眩い光が苗木の全てを包み込む。
 溢れてくる光に耐え切れず、ゼムタたちは目を閉じた。

 ざわざわ、と木々の揺れる音がする。光が収まり、瞼を開けると、ゼムタは息を呑んだ。

 苗木だった木々が成長し、もとの森が目の前で悠然と広がっていた。

「すごい……これが再生の魔法……」
 呆然と呟く。

「王子ー……すごいですねー……」
「あのじいさん、どこいったんだ?」

 ムタの感心する声とは別のラミーアの言葉に、ハッと、ゼムタは周囲を見回した。だが、姿はどこにもない。

「依り代っていってたからね。力を使い果たして、もどっちゃったんじゃない?」

 ひとつの可能性が思い浮かんで、ゼムタはそう口にした。
 二人とも納得したのか、頷く。

 だが、ゼムタは最後のリングル老の言葉が死を覚悟さえしていたもののように思えて、嫌な予感を拭うことはできなかった。

 それでも、そうしてまで作られたこの森に、早くアルセリアとアルベルトが戻ってくることを願いながら、ゼムタは暫くじっと、森を見つめていた。



「……リングル老、入るぜ?」
 こんこん、と扉を叩いて数枚の書類を手にしながら男は中に入った。

 返事がないうちに入るのはいつものことで、リングル老も既に諦めている。男が部屋の中に足を踏み入れた瞬間、開け放たれたままの窓から、風が
勢いよく入り込んだ。
 手にしていた男の書類が部屋の中に舞い散る。

「ったく、窓くらい閉めとけよなー……」
 呆れたように言って、男は窓に歩み寄った。

 ふと、視線を椅子に深く腰掛けているリングル老に向ける。その顔は幸せそうであり、困っているようでもあり。

 出来の悪い弟子の夢でも見ているのだろうか。

 そこまで思って、男は不意に窓を閉めようとしていた手を止めた。

「まあ、最後まで弟子に振り回されていくのもさ。あんたらしいよ」

 外を吹き抜けていく風を追いかけるように、男は視線を向けた。



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