■小動物の奮闘気!■
フェネックは焦っていた。
主人であり、友達であるはずのユリーナに「ここでおとなしくしていてね」と、屋敷の一室に置いていかれたのは少し前。
言われた通りにそこでじっとしていたけど、お腹が空いたからいつもこの屋敷を訪れたときに食べ物をくれる料理長さん(ユリーナがそう呼んでいる)のところにこっそり、行ってみた。
案の定、料理長さんは忙しそうにしていながらも、気づいてくれて食べ物を分けてくれた。
お腹が一杯になったら、眠気が襲ってきたので、テーブルの下で眠っていい夢を見ていたのに。
―――― 悪魔が現れた。
「こんなところにいたのか。ちょうど良かった」
その声を聞いた瞬間、逃げればよかったのに目を開けたときには既に遅かった。前足を引っ張られて、ずるずると引きずり出された。バシバシと軽くほっぺたを叩かれる。
「起きろ、小動物」
「キュ、キュル??!」
そのまま頬を引っ張られる。
「おまえに頼みがある。ユリーナのために、今から外に行って、この紋章が描かれてる馬車に乗ってくるんだ」
そう言って、悪魔 ―― マックスは小さな紙にすらすらと絵を描いていく。
「それからその馬車の主の屋敷まで行って、主が行うことを些細なことも逃さずに見て、明日になったら帰ってきてもいい」
「………キュル、」
明らかに不満そうな表情を浮かべると、青い目にじっと見つめられる。今までの経験が走馬灯のように脳裏を巡った。
慌てて何度も何度も頷く。
「わかればいいんだ」
短くそう言うと、マックスは中庭に続く窓を開けて、フェネックをポイと投げた。
「キュ、キューーーッ!」
冷や汗が走ったが、無事に着地する。
思わずほっと息をついた。
自分をいつもいじめるマックスのために動くのは明らかに嫌だったが、「ユリーナのため」その言葉が脳裏に浮かぶ。ユリーナのことに関しては、フェネックもマックスを信用していた。なぜかと聞かれたら、動物の勘としか言いようがないけれど。そして大好きなユリーナのためというのなら譲れない。
フェネックは一度、小さな身体を伸ばすと馬の匂いがする方向へ走り出した。
★☆★☆★
またまたフェネックは焦っていた。
馬の匂いを辿って、馬車の置き場所まで着いたのはいいけれど、多すぎてどれがマックスの書いた紋章のついたものかわからなかった。しかも、次々と馬車が動いている。
「キュルゥ……」
フェネックの耳が垂れ下がる。
ふと、足が地面から離れた。
「どうしたんだい、おまえ。はぐれたのか?」
顔をあお向けると、男に抱き上げられていた。この国特有のブルーの瞳、ブロンドの髪。男はフェネックの頭を優しく撫でる。
「アレン? こんな所にいたの? 帰るわよ」
不意に男の後ろから女性の声がかかった。
びくり、と男の身体が揺れたのをフェネックは感じた。
「奥様………、旦那様は?」
躊躇うように、男が問いかける。女性は振り向いた男の顔をじっと見て言った。
「…………亡くなったわ」
「それはっ?!」
愕然と男が声をあげる。けれど、それから先の言葉を遮るように、女性が強い口調で言う。
「遺体は警察が検死のために運んだわ。気分が悪いの、早く帰るわよ」
女性は側にあった馬車に乗り込んだ。
ハッと。フェネックはその馬車を見て気づいた。
「あ、おまえっ?!」
慌てて男の腕から抜け出すと、馬車に乗り込んだ。
「……なに、どうしたの? アナタどこの子?」
座っていた女性が気づいて、フェネックを抱き上げる。
「キュゥ……」
うるうると瞳を潤ませると、クスリと微笑んで女性はフェネックを膝の上に座らせた。
「いいから、行きなさい」
そう女性は外に向かって、声をかける。少し間があって、馬車は走り始めた。