第二章 高魔の玩具

二、高魔(1)
 町の外れにある公園は、自然との交流をコンセプトに作られているため、周囲にあるのは森林で住宅はほとんどない。子どもたちや犬が走って駆け回れるほどの広さもあって、そういえばこの公園を作るときに『新城家』が資金援助をしたんだ、とこっそり香穂がもらしたことがあった。

「深雪っ!」
 切羽詰った声で名前を呼ばれて、深雪はふとはずれてしまった思考を断ち切り、投げつけられた気を避けた。
「……だから、なんで『精霊使い』が瞬間移動なんて使えるのよ?!」
 飛んでくる火の精霊の攻撃に風の精霊をぶつけながら叫ぶ。隣で、葉月も防御しながら疑問を口にする。
「その前に、どうして使い人が攻撃してくるのかを知りたいです、よっ!」
 唐突に地の精霊が地面を槍状にして突き上げてきた。
 深雪と葉月は咄嗟に避ける。

 火使いと土使いの、ダブルで姿を見せて言葉もなく突然、襲い掛かってこられたせいで、二人は混乱の極地にいた。

 仕方なく戦ってはいるものの、仲間を攻撃できるはずもなく、ただ防御に徹している。だけど4人。それもある程度の力をもっている精霊使いの上に、なぜか瞬間移動という特殊能力を発揮しているため、香穂たちに継ぐ力があるとはいっても、防ぐだけでは深雪たちの息も上がる一方だった。

≪風の精霊よ。風の刃となりて、敵となるものを切り裂け≫

 攻撃呪文を深雪が口にする。
 あくまで牽制のそれは、容易く土使いの紡ぐ地の壁に塞がれた。

 弾む息を整えながら、深雪と葉月は背中合わせに構える。相手の出方を待つ。相手も様子を伺うように、攻撃をやめて深雪たちを見ていた。油断を見せれば、一瞬の隙をついてくるだろう。

「一応、香穂に連絡を取ってみたんだけどね。精霊の伝言が上手く届いてくれてるといいけど」
 相手の攻撃をかわしながら頼んだ伝言に、上手く力を発揮できたか深雪には自信がなかった。
 とりあえず、深雪は葉月と合わせて二人を包む結界を作り出す。
 長くはもたないだろうが、葉月と作る結界は『精霊使い』たちの中でもトップクラスに入る。攻撃を主とする火使いの攻撃でも簡単には壊れはしない。
深雪は一息ついた。

「そうですね。しかし、これはやはり香穂さまたちが調査していたあの、誘拐事件と関係してるんでしょうね」
 結界を壊そうと、使い人たちが攻撃してくる。
 葉月はそれを見ながら、ため息をついた。一筋、額に伝う汗を拭う。

「このままでは、もちませんよ」
「だからって、拓也くんの二の舞はイヤよ」
 きっぱりとした口調で深雪が言った。
 「自分が犠牲になって」、そんな葉月の思考は長い付き合いの中でお見通しだ。切羽詰った状況の中だったが、深雪の言葉に葉月は頬が緩むのを感じた。
(本当に ――― 、敵わない)
 心地いい諦めが葉月の心に湧き上がる。
「だったら、反撃するしかないですよ」
 ちらり、と深雪の方に視線を向ける。
「そうするしか、ないみたい」
 覚悟を決めるように、深雪はコクッ、と息を飲んだ。きゅっ、と手の平を握り締める。
「でも、殺さない程度にやるから」
 葉月は言葉に出さずに頷いた。そうして、結界を解く構えをする。

 深雪は一旦目を閉じて、澄んだ声で呪文を紡ぎ始める。

≪集まりし風の精霊たちよ、我が声を聞け≫

 漂っていた風の精霊たちが一気に深雪の側に集まる。攻撃態勢をとるかのように、うずまいていた。

 ≪聖なる風の力を持って ――― 敵を切り裂けっ!!≫

 葉月が見計らって、結界を解いた瞬間。深雪は集まった力を放った。
 光が一面を包み込む ―――― 。


「……終わった?」
 周囲に目を凝らして、深雪が問いかける。
「みたい、ですね」

 風の精霊が起こした光の渦が消えると、さっきまで深雪たちを攻撃していた火と風の使い人と付き人たちが地面に倒れていた。傷から血が流れているのが見えて、深雪は眉を顰める。
「加減はしたけど、大丈夫だよね?」
 深雪自身、体力の限界の中で力の加減を調整して攻撃したせいで、倍以上の力が必要になっていた。本来ならば、今も立っていることさえできないはずである。それでも相手を気遣う深雪を心配そうに葉月は見つめた。
 その視線に気づいて、安心させるように深雪は笑顔を広げる。
「日頃の健康管理が役立ってるから、私は大丈夫よ」
 食事担当である葉月は、クスリと笑みを零した。
「それはそれは。お褒めに預かり光栄でございます」
 芝居がかった答えを返す。戦いの緊張が二人の間で解けていた。ほっ、と息をついて顔を見合わせるとお互いの顔に笑みが浮かんだ。
「さて、彼らの様子を見て起こさないと、」
 深雪が倒れている彼らの傍に駆け寄ろうとした瞬間、殺気が降りかかってきた。
「深雪ッ?!」
 気づいた葉月が叫ぶ。
 いち早く風の精霊からの危険信号を感じて、深雪はその攻撃をギリギリでかわすことができた。飛び退りながら鋭い声を投げつける。
「だれっ?!」

「あのタイミングで、あれを避けるとはさすがね」

 頭上から、鈴の音のような声が響いた。褒めるような言葉と違って、馬鹿にするような口調で。
「もっとも、精霊使い2組を相手に勝てただけでもそれなりの価値はありそうだわ」
 ぞくり、と。その声に深雪たちは身震いを起こした。
 とても人の声とは思えない、美しい音色。そこに込められている圧力。息が詰まるような感覚を二人は同時に覚えていた。更に、深雪はその姿を見て愕然とした。

「高魔っ!」

 漆黒の髪に、赤い血のような瞳。なによりも、恐ろしいのは一瞬で目を奪われるほどの、“美”。それ以上の言葉が出てこずに、深雪は呆然とその姿を見つめていた。
 香穂の補助としてついていたとき、数回ほど高魔の姿を見たことがあった。だけど、その時は香穂と秋の明るい雰囲気に包まれていたこともあって、それほど恐怖は感じなかったがそれでも、その美しさと残酷さに強大な畏怖を覚えた。
 そのときの衝撃が深雪を包む。

「それに容姿も申し分ないわね。人間にしては美しい方だわ。うん、気に入った。連れて行くわ」
 自分勝手な言い分をすらすらと、口にする。それでも彼女にはそうできるだけの力はあると、深雪にもわかっていた。
 抵抗するだけの力が深雪にも残されているとは思えない。
 体力が有り余っていて、葉月と二人なら「もしかして」はあったかもしれない。それだけの実力はあるのよ、と香穂のお墨付きももらったことはある。だけど、今の状態では像に潰されかける蟻のような存在だ。「もっとマシな例え考えれば?」と、悪戯っぽく笑う香穂の姿が脳裏に浮かんだ。

「心配しなくてもよくってよ。ちょーっと、気絶してもらうだけ」
 喜悦に含んだ瞳で高魔はそう言うと、手の平を広げた。
 漆黒の球が現れる。
 高魔はそれを深雪めがけて、放った。

「葉月っ?!」
 葉月が深雪を抱きこむようにして、庇う。腕の中で、深雪は叫んだ。

「ムダよ。庇ったところで、その球は衝撃波のようなものだから、受ける力は変わらないのよ」
 クスクスと笑い声が響く。

 高魔の言う通り、葉月の身体を突き抜けてくるように、深雪に衝撃が襲い掛かっていた。
 絶望的、そんな言葉が深雪の脳裏に浮かぶ。
(もう、だめっ!)
 覚悟を決めたとき、聞き覚えのある声が耳に届いた。

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