第二章 高魔の玩具

三、催眠(2)
 振り向くと、少し離れたところで香穂が手招きをしていた。
 秋は高魔たちに気づかれないように、香穂の傍に向かう。香穂は秋の手を取ると、引っ張るようにもと来た道を歩いていく。
「後二つ入り口あったでしょ。右の方に面白いものを見つけたの」
「面白いもの?」
 例の場所、と高魔が言っていた入り口だと秋は思い浮かべる。
 さっき通ってきた三つの入り口のところまで戻ると、香穂と一緒に次は右側の入り口に足を進めた。
「香穂。さっきの場所で見たんだ。色彩をもつ『魔』。まさか、」
「ちがうよ」
 不安を言葉にする秋を遮るように、凛とした声で香穂は否定した。
 なんでわかるの、と。秋は先を行く香穂の背中を見つめる。

「私も感じたけど、気は高魔と同じ種よ。つがいでいるからね。力は普通の高魔より少し強いけど、二人とも高魔だった」
 キッパリとした言いようと「つがい」、という言葉に呆れて、秋はため息をつく。だけどそう言われて、ホッと安堵することもできた。

 中央の入り口を進むと、先はトンネルのようになっていた。暗闇が続く。視線の先に明かりが見えて、香穂はその明かりの中へ堂々と進んでいった。

「最初に調べておいたけど、気さえ消しておけば見つからないから平気よ」
 だから遅くなったんだけど、と言う香穂に苦笑を返して、秋も続いて明かりのもれる部屋に入った。
 その中の光景に、秋は目を大きく見開いた。

 「な、なにこれ……?」
 先ほどの広間と同じくらいのスペースに巨大な樹が一本、それでも所狭しと佇んでいた。枝や葉が部屋いっぱいに伸びて散らばっている。幹は成人した大人が五人は入って隠れそうなほど太かった。
 不気味な印象を受けて、思わず足を引きかけた秋に構わず、香穂はその樹に近寄って入ってきたところから正反対に回り込む。

「ほら、秋。ちょっとここ見て」
 香穂の呼ぶ声に、秋は近づいていった。
 指し示されたところを見て、その樹を見た何倍もの衝撃が秋を襲う。

「水月さんっ?!」

 視線の先で、拓也が樹に取り込まれるような姿で、眠っていた。上半身だけが樹から抜け出ている。
「触っちゃダメよ、秋。ちゃんとしてから起こさないと、他の精霊使いたちみたいに催眠がかかった状態になるから攻撃してくるの」
 拓也に近づこうとして香穂の制止がかかる。
 ちゃんと、って。訝るように秋は振り向いた。香穂はスッ、と拓也の正面に立った。
「ま、見てて」
 そう言うと、呪文を声にのせる。

≪闇の精霊よ。今我の呼び声にこたえて、彼の者を目覚めさせたまへ≫

 そっと瞼を伏せる。そのままで樹から出ている拓也の顔に手を伸ばす。額に人差し指で触れた。小さくて淡い闇の光が、香穂の指から放たれて、拓也の額に吸い込まれていく。
 香穂は目を開けて、一息ついた。
「これでいいかな。あとは、秋」
 指を離して、香穂は傍にいる秋に視線を向ける。様子を見ていた秋に、拓也を樹から引っ張り出すよう促す。
 秋は頷いて、拓也の上半身に両手をかけて、力をかけた。ズズッ、と奇妙な音を立てて、拓也がゆっくりと樹から抜け出てくる。

「……うわっ!」
 力を入れすぎたのか。樹から一気に抜け出てきた拓也を支えきれずに、秋は声をあげて、床へと二人一緒に倒れこんだ。
「……大丈夫?」
 香穂が心配そうに秋に声をかける。打った頭を抑えながら、秋は頷いた。

「うっ、」
 途端、倒れたショックで目が覚めたのか、拓也がうめき声を漏らした。ゆっくりと瞼が開く。視界がぼやけているせいか、頭を左右に軽く一、二度ほど振った。
 徐々に意識がはっきりしていく中で、拓也は自分が誰かを下敷きにしていることに気づいた。改めて、はっきりとした視界でそれを見たとき、思わず叫んでいた。

 「うわっっ?!」
 慌てて秋の上から退く。
 その反応に、秋と香穂は首を傾けた。

 不思議そうな二人の視線を受けて、だんだんと意識もはっきりしてきたのか、目の前にいるのが誰かを認めて思わずホッと息をつく。自然と心に思ったことが口をついて出ていた。
「な、なんだ……。秋くんだったのか。どこの美少女かと思った……」
 道理でびっくりしたはずだ、と香穂は納得したがふと視線を向けると、秋の身体は震えた。顔も染まっている。恐らくは怒りで ――― 。

「だっ、誰が美少女なんですかっ!!!」
 秋の叫びは虚しく部屋の中に響いていた。

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