第二章 高魔の玩具

三、藤花(1)
『そういえば、最近。色彩を与えられた高魔がいるって?』
 ついさっき手に入れた情報を、話題のひとつとして提供する。
『気に入らないの?』
『実害ないから、関係ないけど。ま、確かに彼らが作り出す植物は神秘的だし、見ていて綺麗だと感じるけどね』
 部屋に飾られている虹色の花が揺れているのを目で捕らえた。確かに綺麗だと、感じる。だけど、それだけ。それ以外の何の感慨も浮かばない。想い、ひとつ。
『やっぱり、気に食わないや』
 ハッ、と我に返って視線を向かい側に戻す。
 どこか不機嫌な顔をして呟くその姿に、思わずため息をつきそうになって、手に持っていたグラスに口をつけた。とん、とテーブルに戻して言う。
『どうでもいいけど、今は手を出さない方が賢明ね。色彩を与えられるくらい気に入られてるんだから、いくらあなたでもそれなりの罰は受けるわよ?』
 飲み干した赤い液体より濃い色の、それを飲む姿をじっと見つめる。
『まあ、姉様に免じてほっといてあげるけどね』
 何で私に免じてなんだか、と思いながら、尋ねることが面倒になって口をつぐんだ。

 遠い、過去の記憶 ――― 。

「……香穂ッ?」
 呼びかけられて、意識を戻す。
 目の前で心配そうに覗き込んでくる秋の顔があった。
「な、なに?」
「準備が終わったよって言おうと思ったんだけど、だいじょうぶ?」
 不安げな表情を浮かべている秋に、笑顔を返した。
「なんでもない、だいじょうぶ。それより、いい?」
 公園の中を見回して、香穂は張られている結界を見据えた。秋も顔を引き締めて、真剣な顔で頷く。
「この公園の外回りに、三月さんたちが結界を張って、更に深雪たちの結界によって公園の中は三つの部屋に区切られてるの」
 ひとつは香穂、ひとつは深雪と葉月。最後のひとつは秋が待機しておく。高魔がそれぞれ、どこに来るかはわからないけど、幸運を祈って後は戦うだけ。
 香穂はじっ、と秋の顔を見つめる。

「……香穂?」
 視線を感じて、秋も見返す。ふわり、と微笑む香穂がいた。
「気をつけてね。私も、すぐに終わらせて駆けつけるから」
 その言葉に、秋は力強く頷いて、ひとつの結界の中へと入って行った。

 秋の姿が消えると、待っていたかのように声がかかる。
「私たちに励ましの言葉はないの?」
 結界の最終点検をして戻ってきた深雪たちが、からかうような笑みを浮かべて立っていた。
「まあ、私の勝負が終わるまでもったら上出来ね」
「その頃にはちゃーんと倒してますよ」
 ぺろっ、と小さく舌を出して言うと、深雪はくるりと背を向けて秋が入った結界とは別のところへ足を向けた。葉月もぺこり、と香穂に一礼して「頑張ってきます」、と深雪の後を追いかけていった。

 ひとり残された香穂は、暗闇に染まる空を見上げる。
 結界に包まれてる空間に立っているせいで、星ひとつ見えない。
「 ――― 三月さんも頑張ってくださいね」
 公園の外で、無事に戻ってきた付き人と、結界を張っている彼に声をかける。
 風が言葉を運んでいく。返事はすぐに確かな声となって、戻ってきた。
≪この命にかけて、結界は保つよ≫
 そのすぐ後に、砂霧の声が響いた。
(香穂さま、そろそろ高魔たちが来ます。)
 罠にかかったと、香穂は嘲りの笑みを浮かべる。
 意識を向けて、この場所へ空間を渡ってくる高魔たちの気配をとらえた。
 ふと、砂霧が心配そうに言う。
(でも、大丈夫でしょうか。彼を秋さまに任せても。)
 不安を滲ませた声色で。
 それはこの計画を立ててから、香穂が何度も繰り返していた問いだった。それでも ――― 。
「大丈夫じゃなくても、任せるしかないの。あの高魔をひとりで倒せるくらいの力を身につけてもらわないと、これから先、何が起こるかわからないからね」
 自分自身に言い聞かせるように告げる。纏わりついてくる不安を振り払うために。
「……きっと、大丈夫よ」
 ずっと傍にいたから。見守ってきたから、わかる。秋の強さも。だから、香穂は明るくそう言いきった。
(そうですね。香穂さま、そろそろ準備をしないと……。)
 香穂の心の内を察して、砂霧は話しを逸らすように、促した。
 うん、とひとつ頷いて香穂は自らの持ち場である結界の方に足を進めた。


 藤色の髪の高魔 ―― 樹鎖は、まっすぐと見つめてくる人間に見下した視線を向ける。
「ほお、おまえか。私が作り出した樹を壊したのは」
 すっ、と目が細まる。
 信じられなかった。道具でしかない。それだけの存在に、自らが作り出した住処に侵入され、気づけなかったなど。
「おまえ、何者だ? たかが、人間ではあるまい」
 秋は静かな口調で応じる。言い切ることには躊躇いがあった。それでも、訊かれたら香穂に「そう言って、」と望まれた。自信を持って、と。

「 ―――― 精霊使い」
 その答えに樹鎖は唇の端を上げた。表情に愉悦が浮かぶ。
「そうか、精霊使い。これは、嬉しい」
 予想もしていなかった言葉に、秋は戸惑った。
 樹鎖は両手の平を合わせる。黒い光が包み込んだ。
「私も機会があれば一度、精霊使いと戦ってみたかったのだ!」
 言い切ると同時に、球状に溜まった黒い波動の光を秋に向かって投げつける。秋は向かってくる黒球に両手を伸ばして、その手の平に気を込める。

 互いの気がぶつかり、爆発した。

「風使いか、……面白い。楽しませてもらうぞっ!」
 秋は高魔の本気を感じ取って、ごくりと喉を鳴らす。神経を張り詰め、次の攻撃を待った。



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