第一章 精霊使い

二、透視(1)
 新城家の屋敷にある香穂の部屋は、洋室になっている。
 全体的にシックに纏められているはずが、家具などが女の子らしいカントリー調で整えられているのは香穂の義理の母親が用意したためで、その中に佇む香穂は不釣合いともいえず、客観的に見る限りでは恐らく似合いすぎるほど似合っていた。例え本人の趣味に添っていなくても。
 本来の香穂の性格から言えば、ただ苛立たせるだけの部屋でもあった。
「お義母さまの趣味にも呆れるわよね」
 もう慣れたけど、とそれでも愚痴を零しながら、香穂はため息をついた。
 今座っている椅子も、背もたれにはハート型の穴が空いている。対になっている机に頬杖をつくと、応えるように砂霧の声が返った。
(本当ですね。香穂さまがこの、 ―― 少女趣味的な部屋を十数年も我慢しているということも驚きですけど。)
 可笑しそうな含みがある声に反抗する気も起こらず、受け流して話題を変えることにした。どうも最近、砂霧の性格が変わったように思えるのは気のせいだろうか。
「それで、どの辺りから視線が送られてきてたか掴んだんでしょ?」
 真剣な声音で問いかける香穂に、ふざけた調子をがらりと変えて砂霧も真剣な態度に改めるように答えた。

(はい。辿ってみましたが、一学年の教室があるところからでした。)
「そう……。結界を張って気づかせたから私と秋の姿をおぼろげながら捉えたとは思うけど」
 あのとき理事長たちと話しながら、自分の存在を気づかせるために餌をまいておいた。わざわざ結界を張るという力を奮うことで。

(異変は感じ取ったと思いますが、何らかの動きがあると?)
 砂霧の言葉に「わからない」と首を振る。力は行使できる。ある程度、相手を思うまま操ることもできる。けれど、実際に相手がどう考え、動くかまではそのときにならないとわからない。
「姿は見えるように調節したけど、声のほうは全く聞こえなかったと思うからイライラしてるとは思うけどね。姿を見せたことがワザとだと気づかずに。でも、どうせ接触を持つならこっちからのほうがいい」
 含みを込めて言う。そこには思惑が浮かんでいた。
 ふと思い出したように砂霧が告げる。
(あの視線から感じた気は、“霊魔”のものでした。)
「なら、吸血鬼・霊魔ってとこ?」
 昼間、理事長が言っていた『吸血鬼』という言葉を思い出して、香穂は笑いながら言った。

 ふと砂霧の気配が消える。

 相変わらず素早いね、と感心し、近づいてくる気配を感じながら、引き出しからノートを取り出し、勉強をしている様を装う。数分と立たないうちに、部屋のドアがノックされた。

「香穂、いいかい?」
 少し低めの、けれど優しい音が混じっている声が聞こえてきた。

「 ――― どうぞ」

 返事をするとドアが開いて、義理の兄である佳人が姿を見せた。

 きっちりセットされた黒髪と落ち着いた雰囲気が表れているスーツ姿がいつもより大人っぽくて、普段から整っている顔が一段といい男を演出している。
 自分の見せ方を知っている佳人は、いつもならその黒い瞳に鋭い光を浮かべて仕事をしているが、今はとても優しい慈愛に満ちた目をしていた。

「お帰りなさい、お義兄さま。迎えに出れなくてごめんね」

 先手を取って香穂が言う。佳人は部屋の中に足を踏み入れたが、開いたドアに寄り掛かり、小さく肩を竦めた。
「いや ―― 、香穂が僕よりも学校の宿題のほうが大切だってことくらいわかってるさ」
 うんうん、と一人頷く。
 その拗ね方は香穂の身近な人物を浮かび上がらせた。今頃は佳人のために、と夕飯の手伝いをしているだろう。彼の料理の腕はプロのシェフにも負けないくらいだ。
「お義兄さま……、最近。秋に似てきたね」
「違うよ、香穂。今のは秋の物真似であって、僕が似てきたんじゃない。けど、そっくりだったろう」
 得意げな表情で笑う佳人に聞こえないよう、小さくため息をつく。
 お茶目な一面ではあるが、他の人の前ではけして見せない。『新城家』の次期跡継ぎとして、冷静沈着、頭脳明晰を発揮し、仕事に関しては厳しい人だと、敬われている。だが、香穂と秋の前では開放されるのか、お茶目な姿を見せることは多々あった。
 呆れたような顔を見せる香穂に、そういえばと、何かを思い出した顔で佳人が話しを変える。

「風の精霊から話しは聞いたが、いま依頼を受けてるんだって?」
「うん、お義父様の知り合いからね」
 小さく肩を竦めて応える。佳人は一瞬だけ躊躇うように瞳を揺らしたが、香穂に気遣うような視線を向けるとため息混じりに言う。
「あまり無理するなよ。確かにお前は優秀な精霊使いで父さんから頼りにされてるだろうが、身体を壊したら皆が心配するぞ?」
 優しさのこもった口調と表情に、香穂は過ぎった感情を隠すように目を伏せて、佳人に気づかせないうちに顔をあげると明るい笑顔を見せた。
「大丈夫よ、無理はしてないし。気にしすぎ、気にしすぎ!」
「そうか……?」
 納得がいってないという顔つきで探るように佳人は口を開く。
 それ以上、余計なことを言い出さないうちにと、香穂は椅子から立ち上がり、佳人の傍に歩み寄って、その手を取りながら言った。
「ほら、食事にいこ。秋もお義兄様が帰ってくるって知って料理を張り切って手伝ってるみたいだから、きっと豪勢に作られてるわよ」
 ねっ、と促す香穂の表情に、佳人の顔にも嬉しそうな微笑みが浮かぶ。
「あいつの料理はプロ級だから、それは楽しみだな。よし、早く食べに行ってやるか」
 そんなことを言いながら、佳人と香穂は食事が用意される部屋へと向かった。

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