魔の森 ―――― ?
目の前に広がる光景を、脳裏に話しかけてくる声はそう告げた。
<そうよ、香羅に会いに行くにはここを通るしかないわ。いわば、門みたいなものね>
見渡す限りに広がっている木々に覇気はなく、かろうじてついてる葉っぱは枯れている。とても生きているものとは思えなかった。緑ではなく ――― 、より闇に近い色に染まっている。重苦しい気配が漂う森を前にして、秋は息を呑んだ。
それでもこの先が香穂へと繋がっているのなら、進むしかない。
「行こう ――― 」
そう声に出して、秋は魔の森に足を踏み入れた。
……静かだな。
時折、道を阻む木の根元を越えながら恐らく前だと思う方向を秋はひたすら進んでいた。おそらく ―― というのは、最早どっちが北か南かわからなくなってるからだ。ただ前にのみ突き進んでいるという感じがする。
<……私のこと、何も聞かないのね。どうして?>
不意に声が沈黙を破って話しかけてきた。
「なにもって……、精霊かと思ってたけど」
驚いたように言う秋に対して、深いため息が聞こえてきた。
<随分と鈍いのね。誰に似たのかしら? それとも香羅の育て方が……>
最後の方は聞き取れなかったものの、秋はその言葉にムッ、となる。
「誰に似たのかなんてわからないよ。僕は両親を知らないんだから!」
<…………知りたい?>
躊躇いを感じる間の後、問われた言葉に秋は困惑するように眉を顰めた。
新城家に貰われて、香穂と出会って寂しい、と思うことはなかったけど。それでも、幼い頃からずっと心のどこかで求めていたもの。知りたくない、と言ったら嘘になる。だけど……。
「真実ならね」
誰かから教えてもらう過去には、どこか真実と違うものが混ざり合ってるときがある。知りたいのは真実だ。偽りや嘘で隠されるなら、聞きたくはない。
そう思ってから、ふと気になったことが浮かんだ。足を止める。
「なにか知ってるの?」
<もうすぐわかるわ。貴方が望む真実がね……>
声は謎めいた言葉を言うと、秋が更に問い詰める前に明るく口調を変えた。
<さあ、早くしないと日が暮れるわよ。行った、行った>
いったいどこに太陽があるんだろう ――― どう考えても、誤魔化そうとしているとしか思えない言葉に、だが秋は素直に聞き入れ足を進めた。
どれくらいの時間が経ったか。
秋は嫌な気配を感じ取った。
的中するようにとつぜん、目の前に美しい青年が姿を現す。
「おや、変な気配を感じると思えば、こんなところに人間が迷い込んでましたか」
秋には彼の言う『人間』が『玩具』という口調に聞こえた。それを歩き疲れた上での幻聴に思うほど、魔の気配を知らないわけではない。しかも、ここまで美を兼ね揃えている黒髪に瞳の魔は、高魔だ。
「人間 ――― ですよね?」
沈黙を守る秋に、訝るように高魔はその整った眉を顰める。
「違うって言えば、見逃してくれるわけ?」
なぜ不思議そうに高魔がそんなことを聞いてくるのかわからなかったが、秋はとりあえずそう問いかけた。
高魔は美貌に冷ややかな笑みを広げて、肩を竦めた。
「まさか。たとえ誰であっても。むしろ人間など、この先に行かせるわけにはまいりません」
紡がれた言葉に、けれど引くことなく秋は対峙する。
それなら、戦うしかない。高魔一人なら、なんとかできるだろう。無事で、というのはまず無理だろうけど。
だが次の瞬間、別の声が割り込んできた。
「あっ、玩具を発見!」
「お! 久しぶりの獲物か?」
それぞれに美しい響きを含むその声の主たちは、空間を開いて姿を現した。
思わず眩暈を覚える。
一人なら ――― そう思っていたのが、いつの間にか対峙する高魔が、三人に増えていた。
「私が先に見つけたんですよ」
高魔の一人が不機嫌な表情で言う。
「わかってる、わかってる。まっ、おこぼれに期待しましょ」
面白そうに笑った高魔は、隣に位置する同族の肩をぽんぽん、と叩いた。
「え――― っ、そぉ? まっ、そういうことなら仕方ないか」
「見物くらい、いいだろ?」
その言葉に、「仕方ないですね」と頷いてから、高魔は視線を秋に戻した。
「ということで、多少の邪魔は入りましたが。まあ、退屈しのぎくらいには相手をお願いしますね」
喜悦を称えた光を瞳に浮かべて言う高魔は、次の瞬間には戦意むきだしで秋に攻撃を放った。