新城家屋敷の周囲では、夜の闇に紛れて、戦いが始まっていた。
風の精霊たちが賑やかにざわめく。強い風が吹き荒む中、深雪と葉月は支配される緊張感の中で、目の前の「魔」と向かい合っていた。
「……人間がこの私に戦いを挑むとは、愚かですね」
人には作れない美貌に冷笑を浮かべて、影葉は嗤う。
深雪はその姿にぞくり、と鳥肌が立った。
(本当に ―― この「魔」と戦えるの?)
わきあがる不安。 ――― 恐怖。全身に震えが走る。
「深雪……」
いつも冷静な葉月までもが、その「魔」がもつ突き刺すような空気に恐怖を覚え、支配されようとしていた。今まで戦ってきた高魔とはどこか、違う。
闇の中に佇む美しさはもとより、存在する迫力とぴりぴりと肌を突き刺す力。――― 圧倒されてしまう。
だが、それでも深雪の脳裏には、ひとつの言葉が響いていた。
負けるな。 ――― 戦え、と。
ぎゅっと手の平を握り締めて、こみ上げてくる恐怖心を抑える。決意を固めて、深雪はゆっくりと言葉を紡いだ。
≪風の精霊よ。我が盾となり、力となるため。今ここに集結せよ ―― 。≫
風が、動く。
強く吹き付けていた風が、深雪の周囲に集まりだす。葉月も呪文に集中する深雪の決意を感じて、精霊を動かし始めた。
「救いようのない……」
二人を見下ろす高魔は、大きなため息混じりにそう呟くと、肩を竦めた。
(あっちはもう、始まったみたいだな ――…… 。)
風の精霊の動きを感じて、当主は目を細めた。
同じように空気の動きを読んだのか、愉しげな笑い声が響く。
「ほんっと、人間って馬鹿だなあ」
当主と対峙する少年は、心底面白がっている雰囲気を纏う。その表情は無邪気そのもので、とても今から始まる戦いを思わせるようなものはなかった。
けれど、騙されてはいけない。姿こそ幼いが、外見を見るだけで力の大きさがわかった。対峙するだけで、それが愚かな行為であるかのように、少年の前に跪きそうにさえなる。
高魔とは違う、“統貴一族”の存在というものを、長年生きてきた中で始めて見るのだ。
(香穂もそうではあったが、でもあれは人間として、姿を変えていたからな……。)
それでも、抑え切れない美しさは隠し切れずに存在していたが。だが、隠されることない少年の美貌と力は ――― 。
(……まったく、厄介なことを押し付けてくれたものだ。)
ため息交じりに夜の空を仰ぐ。
――― 先手必勝か。
≪精霊たちよ、今ここに集いて我が命に従え≫
当主の声が闇の中に響く。
それを面白そうに見ながら、少年 ――摩耶は言う。
「さてと、用事はさっさと済ませないとね」
摩耶の金の瞳が、精霊たちに呼びかけている当主を捕らえた。