どさっ、……。
数十メートルは離れた宙から地面に放り出された葉月は、背中を激しく打ちつけ、気管支を詰まらせた。
「……ぅっ、ごほっ…ごほっ!」
「葉月っ!」
咳き込み倒れる葉月のもとへ、血だらけの深雪が這い蹲りながらも、近づく。
「……きてはっ、いけませ……ぐぅっ…!」
深雪に向かって叫ぶ葉月に、高魔 ―― 影葉は容赦なく力を叩きつける。冷笑を浮かべながら、葉月の頭を靴で押さえつけた。
「最初の威勢はどこにいったんです? 人間ごとき、こうして土と戯れているほうがお似合いでしょう?」
ギリギリ、とめり込むほどに強く押し付ける。
――― 恨みがなかったとはいえない。
焦がれて会いたくて ―― 。探し続けていた十数年間。永遠の命を持つとはいえ、傍にいられない期間としては長すぎるその時間、この虫けらにも等しい人間は、同じ場所で共に過ごしていたのだから。香羅さまの傍にいた、それだけで許せない。殺してやる。
「魔」の習性よりも強い殺意に支配されて、影葉は倒れている葉月の胸倉を掴んで引き寄せ、深雪の傍に放り投げた。
「葉月……っ!」
悲痛の声を上げて、深雪は傍に倒れこんだ葉月の名前を叫ぶ。
「……深雪?」
ぼんやりと霞む意識の中で、葉月は必死に伸ばそうとしてくる深雪の手を握った。
その様子を見下すような目つきで見た影葉は、二人の傍に歩み寄り、両手に力を凝縮していく。これで最後だ、と告げて。
「二人一緒に死になさいっ!」
言葉とともに、力が振りかざされる。
その一瞬、深雪は覚悟を決めた。
ひとりで死ぬことは怖いが、葉月が一緒なら ――― 。
(ごめんね……、葉月。あなたを守れなかった……。でも、一緒だから)
ぎゅっと握り合った手に力をこめる。
「なっ……?!」
力を投げつけようとした影葉は身体の中に異変を感じた。
凝縮した力は、空気に溶け込み消えていく。ふらり、と自らの力そのものが抜けていくことに気づいた。立っていられずに、がくり…、と膝を突く。
命を奪い取ってしまうはずの力の衝撃がいつまでも襲ってこないことに気づいて、深雪は目を開けた。
「……あれ?」
いつのまにか、深雪と葉月は淡い光に包み込まれていた。
「こ、これは……?」
葉月も気づいて、驚きに息を呑む。
光に包まれた二人の身体の傷は癒され、同時に、高魔との戦いで削り取られた力が戻ってきていた。
地面から立ち上がって、呆然と周囲を見回す。視線が、一点に止まる。今まで優位に戦っていたはずの高魔が、倒れていた。
精霊がざわめき、高魔が息をしていないことを伝える。
「いったい……何が起こったの?」
まるで狐につままれたように、二人はわけもわからずただ顔を見合わせるばかりだった。
同じ頃、新城家の当主と戦っていた摩耶も異変に気づいた。
――― ドクンッ!
あるはずのない心臓が悲鳴をあげるかのように高鳴り、冷や汗が身体中に吹き出る。呼吸が乱れ、あまりの苦しみに摩耶は胸を抑えて地面に降り立つ。
「ま、まさか……っ!」
この苦しみと全身を支配するこの鋭い痛みは ―― 半身を失ったときに感じるもの。
(香羅が……っ、姉様が死んだとでも言うのかっ?!)
ありえるはずがないことに、動揺を表しながら、摩耶はとりあえず香羅の気配を探るために、意識を集中する。
当主は唐突に苦しみだした「魔」の様子を訝りながら、見ていた。だがすぐに、ひとつの言葉が脳裏に浮かぶ。あの黒い猫に言われた言葉。
(「 ――― 時が来たら」)
それが恐らく今であることを当主は理解した。相手は明らかに油断している。そう決断して、当主は自らがもつ全ての気力を使い、精霊を集めた。
(ないっ……。姉様の気配がどこにもないっ! 影葉の気配も消えてるっ、ばかなっ! なぜだっ?!)
混乱に支配された摩耶は、動揺するあまり気づくのに遅れてしまった。
当主が精霊の力を投げつけてきたことに ――― 。
――― しまった!
そう思ったときは力を振るうこともできずに、まともに精霊の力が摩耶を襲った。
「姉様 ―――― っ!」
最後の力で、摩耶はそう叫んだ。
当主は地面に倒れている「魔」を見つめた。
(死んだのか……。これで終わったのか?)
暫く呆然としていたが、深雪と葉月が近づいてくるのに気づいて、二人に声をかける。
「大丈夫だったか?」
「えっ…ええ。まあ、何とか無事です」
曖昧な笑みを浮かべて、深雪はそう返した。
何が起こったのか ――― ?
当主は問うような二人の視線に気づいたが、彼もまた同じような気持ちになっていたために、答えることができなかった。