翌朝、香穂は秋が起き出すよりも早く目を覚まし、部屋を出た。
庭に放っていた子鬼が戻っていることに気づき降りて、まるで猫を抱き上げるときのように、後ろ首を掴んで持ち上げる。子鬼はわたわたと両手を動かしながら、香穂に見てきた情報を話し始めた。
「……なるほど」
香穂がひとつ頷くと、子鬼は音もなく空気に溶け込むように消えていった。
どうするかは、昨夜の秋の言葉で心に決めた。
「まあ、とりあえずは秋が動きやすいようにしときますか」
まだ秋一人で“高魔”レベルの能力がある者を倒すほどの力はないだろう。そこまでは、安心して任せることなどできない。
風を感じて、空を見上げる。灰色の雲が空を覆い隠そうとしていた。
(命を、守りたい。)
秋の言葉が脳裏をよぎる。
それが正しいとか、悪いとか今の香穂にはわからない。わからない感情だったが、結局は思いはひとつ。
「……まったく」
寂しく笑って、香穂は瞼を閉じた。
秋は思いがけない光景に一瞬、身体を強張らせた。
瞬きを繰り返す。だが、覗き込むその目は変わらずそこにあって、秋は思わず声を上げた。
「うわっ!」
慌てて飛び退る。布団から飛び起きると、呆れたように秋を覗き込んでいた本人はため息をついた。
「そなたも随分とのんびりしているな……」
呆れたように言って、花姫は頭を左右に振る。ちらり、とまだ驚きに戸惑っている秋に視線を向けて、閉め切ったままの障子に手をかけた。音もなく開けると、部屋の中よりは明るい光が差し込んでくる。しかし、曇りきった空では、その時間を判断できるほどのものではない。
秋は壁にかけてある時計に視線を向ける。すでに朝食の時間になろうとしていた。
「あ、ごめん。寝坊したみたいで……」
立ち上がろうとして、はた、と秋は気づいた。
――― 花姫の様子が違う。
困惑する秋をよそに、花姫はふっと微笑む。
「お兄ちゃんは……香穂ちゃんが好き?」
唐突に首を傾けて訊いてくる花姫を戸惑いながら見返しつつも、秋は頷く。
「好きだよ。だから一緒にいるんだ」
「……じゃあ、好きじゃなくなったら、一緒にはいないの?」
不思議そうに花姫は訊く。
その姿が幼くて、可愛らしく、自然と秋の頬が緩んだ。
違うよ、と首を横に振って、花姫の傍に歩み寄る。
「一緒じゃなくなっても、僕は香穂の傍にいる。香穂を好きじゃなくなるなんて想像もできないよ」
複雑な表情をする花姫に、ぽんぽんとその小さな頭をたたいた。ちょっと、難しかったかな、と。秋は苦笑する。
花姫は一瞬、思案する顔をしたがやがてパッと笑みを広げた。
「香穂ちゃんへの好きは永遠ってことだね!」
頷く秋に更に嬉しそうに笑って、花姫は「もうすぐ朝ごはんだよっ」と部屋を出て行った。
秋も着替えに手を伸ばしながらふと、首を傾ける。
いつもなら誰かが近づく前には精霊の気配が促してくれるのに、花姫にはそれがなかった。子どもだったから警戒しなかったのか。
疑問に思いながら、香穂に相談してみようと気持ちを切り替えた。