「 その世界は3つの国に分かれていました。
ひとつは闇を慈しみ、光を愛す<月>の力を宿す国。
ひとつは闇を払い、月を包む<陽>の力を宿す国。
ひとつは光を憎み、月を求める<闇>の力を宿す国。
やがて、<月>と<光>は結ばれることになりました。
羨んだのは、<闇>。
<闇>は<月>を覆いつくしました。
<陽>は<闇>から守るために戦いを始めました。
あてのない日々は、やがて詩を刻むでしょう。
3つに分かれた世界を巡る国の伝承を ――― 。
けれど、真実は<陽>でも<闇>でも<月>でもない少女が生み出したのです。 」
――――――………
青年は壁にかけてある等身大が映る鏡の前に立っていた。
自らが映る鏡をじっと見つめて、右手を伸ばす。鏡の表面に手の平をあてた。ひんやりとした感触が伝わってくる。その感触が、固めたはずの決意を揺さぶった。
「そっとしておいた方が、君は幸せなのかもしれない……」
弱さが、言葉になって落ちる。
―――― それでも。
思い直して、手の平を握り締めた。
心が求めて、やまない。君の笑顔を。温もりを ――― 。溢れてくる想いはもう、抑えきれないところまできている。
「……準備はできたぜ」
ふと、背後からかけられた声に、青年は困惑するような笑みを浮かべた。
「僕は卑怯者だね。なにもできないのに、焦がれてしまう」
「俺にはわからねぇけどよ」
情けない表情をする青年に対して、返る声は苦笑を滲ませる。
「そんな難しく考えることないんじゃねぇ?」
あっさりと言い切られたことに、揺さぶられていた気持ちが止まった。
鏡に映る自分に向けていた視線を下へとずらす。一匹の赤銅の毛並みに包まれた狼が、金色の鋭い光を宿した目を向けている。
鏡の中で合う視線に、青年はふっと笑みを浮かべた。
「そうだね。もう、決意したはずのことだ」
どんなに迷っても、悩んでも、答えはひとつだった。
ただ ――― ……。
(ただ、君に会いたい。)
まっすぐに浮かぶ想い。
そう答える青年を赤銅の狼はじっと見つめる。その視線を受け止めて、青年は狼の頭を軽く撫でた。
「頼んだよ」
青年の言葉を合図に、「任せとけ」と答えを返し、狼は鏡に向かって走り出す。その姿は鏡にぶつかることなく、すっと溶け込んでいった。
「 ――――― 頼んだよ」
狼の姿が消えて、ひとりになった空間で青年は縋るように繰り返した。
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