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Word Lond

10 取り引き

――― こちらでお待ち下さい。
 ロイルに連れられて、城内に入ると、すぐに数人の兵士たちが出迎えにやってきた。違う場所に 連れられていくロイルを呼び止めたが、「心配ありません」とほとんど無理やり兵士たちに 取り囲まれて連れてこられた。

 ひとつの扉の前でそう言われて、仕方なしにその扉を開ける。
部屋の中に足を踏み入れて、戸惑った。
 豪華な部屋は見回してもどこまでも続いており、細部にわたって高級品が飾られていた。天井にも 壁にもキレイな絵が描かれており、それだけで芸術品だと感じる。シャンデリアも大きく、更に 細かい細工が施されてあって、窓から入り込む光にきらきらと反射している。壁に飾られている絵も、 何気なく置かれている壺も、床に敷かれている絨毯も、一目で高価なものだとわかった。
 いくらかかっているのかなんて想像もできない。
だが、ふとフィアはこの部屋に違和感を感じた。
 (―――― なに?)
 高価なものを目にしているよりももっと、不安とまるで呼吸さえも苦しくなりそうな重い空気を感じる。
原因を探そうと、部屋の中央に歩み寄る。部屋の中をひとつひとつ見回す。
同時にハッと、フィアは気づいた。視線が止まる。
 それは窓だった。
窓には花の模様の鉄細工が施されてあった。一瞬、見ただけではそれも部屋の細工のひとつかと思うが、
よく見ればそれは格子になっている。全ての窓に同じように施されていた。
まるで窓から逃げ出したりしないように ――― 。
 なぜか怖くなって、フィアは震える身体をぎゅっと両手の平を握って抑えながら、扉に踵を返した。
 (この部屋にいてはいけない ――― っ!)
そうフィアに警告が鳴る。しかし、扉の取っ手に手を伸ばすより先に、カチャリと小さな音が鳴って 扉が開いた。フィアの足がぴたりと止まる。
 扉を開けて入ってきた青年に、フィアは目を奪われた。
 「貴方が…、お兄様?」
目の前に立つ青年にフィアは小さく息を呑む。
 想像していた以上に ――― 。その容貌は美しかった。
顔だけじゃない。毅然とした立ち姿、物腰。部屋に足を踏み入れたその瞬間に変わるほどの、 厳かに放たれる雰囲気。
 呆然とするフィアに、皇帝と呼ばれるその人は躊躇いなく近づいた。 雰囲気に飲まれそうになるのを逃れるように、自然と足が下がる。だが、皇帝は構わずにフィアを抱き締めた。
ぞくり、フィアの背筋が寒気を覚える。
 「……よかった。無事だったのだな」
 安堵に息をつく皇帝から囁かれた声を聞いた瞬間、フィアは恐怖に貫かれた。
離れようともがこうとしても、皇帝の力は強く、身動きひとつできない。
 「おまえが滝に身を投じたと知ったとき、私は絶望を覚えた。おまえを守れなかったことを悔やんだよ、
 とてもね」
抱き締めてくる腕に力がこもる。
 苦しくなって「お兄様っ!」と声をあげた。だけど、力が弱まる気配はなく、抱き締められたまま、耳元で囁かれる。
 「だが、これからはずっと守ると誓おう。もう二度と……」
ぐらり、と急に眩暈が起こる。
 皇帝の最後の言葉を聞き取る前に、目の前が真っ暗になった。
急に抵抗する力を失くした腕の中のフィアを見下ろして、皇帝は口端をあげる。
 「もう二度と離さない。……おまえも戻ってきたことだ。そろそろ始めよう。新しい二人の世界に向けて」
意識の無いフィアを皇帝はそっと抱き上げる。
 そのまま、寝台に寝かせるとフィアの唇の形を親指で辿っていく。小さく開いた唇から零れる息を塞ぐように口づける。触れるだけの短い時間で、すぐに離れた。夢見るように皇帝は紡ぐ。
 「この世界に、破滅という恐怖を捧げなければ」
愉悦の含まれた言葉を吐いて、皇帝はフィアの髪を撫でながら哂った。


ロイルは睨みつけるように皇帝に視線を向けた。

 「フィアは無事なのか?」
 「……愚問だな」
 皇帝は鼻で笑う。座っている玉座にもたれて、ロイルを見下ろしていた。蔑むような視線を受け止めながら、 ロイルは口を開いた。
 「あいつが戻ったんだ。牢屋にいる男たちは解放してやれ」
フィアもそう言ったはずだろう、と言外に問いかけると、皇帝はフッと小さく息を吐いた。
 「フィアは何も言わなかった。あの娘はいい子だから、私を怒らせるようなことは言わないのだよ」
 ロイルの目が見開かれる。
そんなはずない。フィアはナノを救うために城に戻ってきたはず。何も言わないはず ―――。
 「フィアに何かしたのか?!」
 「控えろっ、痴れ者めっ!」
皇帝は立ち上がって、ロイルに向かってそう吐き捨てた。その目には憎しみが灯る。
 「フィアなどと……私の半身を呼び捨てにできると思うなっ!」
 ロイルの喉が鳴る。乾きすぎた喉では唾もでなかった。呆然としているロイルを一瞥して、再び皇帝は座った。 その瞬間、近衛兵たちがロイルを取り囲む。
 「フィア姫、誘拐犯だ。地下牢の者たちとともに処刑する。放り込んでおけ」
ぐっと押さえ込まれて、ロイルは睨みつける。
 「あんたはっ!」
 冷たい光を浮かべた皇帝の瞳がつと、向く。その冷たさにぞくり、と悪寒が背筋を走りぬけたが、それでも
ロイルは感情を押さえ込んで叫んだ。
 「あんたはっ、妹を不幸にしてまで何を求めてるんだっ?!」
 「 ――― 不幸?」
ふと、心外だと言わんばかりの口調で皇帝が言葉を繰り返す。口の端が奇妙に歪むのをロイルは確かに見た。
まるで嘲笑うかのように。
 「何が不幸にするのだ?」
答えを求めていないその問いかけに答える間もなく、ロイルは兵たちに引き摺られていった。

 静まり返った謁見室で、皇帝は視線の止まった窓際に歩み寄る。見下ろす先には家が立ち並び、 国が続いている。遠くを見つめる目で、更に問いかけた。
 「誰が、不幸にするのだ……?」
皇帝は微かな笑みを浮かべた。
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