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Word Lond

13 救出

 そういやさ、と唐突に言い出したナノに視線を向けると、その目は抜け道に向けられていた。
 「これ、なんかの術がかかってるわけ? なんでこんなとこにあるんだ?」
ああ、とその理由を思い出して自然と苦笑が零れた。懐かしい想いがじわり、と胸に溢れてくる。
 「俺とカイルが悪戯して、地下牢に閉じ込められたとき、カイルが中からフィアが外から術をかけて
 作り出したんだ。同じことがあったらまた使えるように隠してた」
 「地下牢に抜け道作るなんざ、たいしたお姫様に神官様だな」
ナノは呆れたように言って、肩を竦める。

 確かに、神官としてもお姫様としても、近衛兵だった自分はいざ知らず、まったく型破りな性格をしていたものだと今更ながらに幼馴染を思い出して笑った。だからこそ、仲良くなれたというのもある。
 懐かしい気持ちに捕らわれていると、不意に地下牢の空間に異様な気配を感じた。

 「おいっ」
ナノも気づいたのか、警戒心を向けて身構える。

 空間を裂いて現れたのは眩いほどの光。

 眩しさに目を細めながら、光に包まれているフィアの姿を見つけてハッと息を呑んだ。

 「フィアっ!」

 名前を呼ぶと、光はまるでフィアを守るかのように一瞬だけ強みを増して、すぐにうっすらと収束し人差し指に嵌っている指輪の中に消えていった。
 地面に横たえられたフィアの傍に慌てて駆け寄って、声をかける。
 「フィアっ、しっかりしろっ!」
 「……ロイル?」
 ぼんやりと焦点の合わない瞳を向けられながらも、呼ばれた名前に頷く。何かを確かめるように手が伸ばされて、ひんやりとした手が触れた。その感触に泣きたい衝動に駆られたが、堪えるために触れた手をぎゅっと握った。
 「無事でよかった……」
ほっと息をついてフィアが言った。気遣うように細められた瞳に、「フィアも」と返して、起き上がろうとする身体を支える。フィアは同じく傍で心配そうに見ているナノに気づいたのか、安心したように微笑んだ。

 「よかった。ナノさんも無事だったんだ?」
 「あ、ああ…。おまえ、どうやって」

 戸惑うように声をかけてくるナノに、ハッと我に返って指に嵌めている指輪を目の前にかかげた。光はすっかり収まっている。けれど、確かにあの時脳裏に聞こえたあの声は ――― 。
 指輪を外して、裏側に彫られている『Kail−』の名前を見る。空いている手は無意識に首にかけてある『Fia−』の指輪を握っていた。

 「その指輪を渡していただきましょうか」

 不意にかけられた冷たい口調の声に、フィアは視線を向けた。ナノとロイルも身構えて、フィアを庇うように前に出る。
 そこにはひとつの闇の塊があった。いや、とりあえずは人の形をしている。だけど黒いフードと服で全身と頭を覆っているため、フィアには闇の塊に見えた。更に纏わり付いている雰囲気も、冷たい闇そのもので。それは、兄である皇帝に酷似していた。
 フィアはぎゅっと指輪を握り締める。

 「いやよっ!」
 「フィア姫。我侭はききません。お渡し下さい」

 牢の中に響く感情のない声で言いながら、一歩、近づいてくる。

 「フィアに近づくな」
 「っても、牢の柵があるから、近づけないだろーがな」
 剣呑な光を宿した目で睨みながらのロイルの牽制に、ナノがからかうような口調で応じる。だが、その目もまた警戒するように闇の塊を見据えていた。
 「……そんなもの」
 嘲笑うように言って、ふいっと右手が動く。同時に牢の中に闇を纏う陰湿な突風が吹き荒れた。

 「 ――― っ!」

 二人ともに牢の壁際に吹き飛ばされる。激しく身体を打ち付ける音が聞こえて、フィアは慌てて二人の傍に駆け寄った。ずるずると身体が崩れ落ちて行く。
 「ロイルっ! ナノさんッ!」
 壁に酷く背中を打ち付けて、地面に座り込む二人に声を上げながら、視線を向けると、ロイルは大丈夫だというように、苦しそうに息を乱しながらも、優しい目で見つめ返してきた。「これくらいヘイキだって」とナノも口の端をあげて笑う。だがすぐに、背中の骨が痛んだのか、うっ、と苦しげに呻いた。

 「ナノさんっ!」

 「フィア姫。ルシア様がお待ちしています。ともに行きましょう」

 一方的に突きつけられる声が聞こえて、視線を向けると、間にあった牢の柵は跡形もなく消えていて、じりっと、闇の固まりが近づいてきていた。その姿をキッと睨みつける。
 「いやよっ。私はロイルたちと ――― 」
 「……ロイル。ああ、その男、」
 対峙する男の名前をまるで思い出したかのように紡がれる。クスリ、と確かに嗤う声が響いた。嫌な予感が背筋に走っていく。それはロイルも同じだったのか、悲痛な声で叫んだ。
 「やめろっ!」
 「その男が何をしたかわかっていて、庇うのですか?」
 ロイルの慌てる姿を愉しむように、揶揄する響きで問いかけられる。
 漆黒の目に捕らわれて、視線を逸らせなかった。まっすぐ向けられた顔に表情はない。それだけに、フィアはより強い恐怖を感じていた。この闇に捕らわれてしまえば、逃げられない。怯えるフィアにむかって、闇を纏う男はゆっくりと口を開く。

 「神殿に火を放ったのは」
 憐れむような光を浮かべる目は、残酷に映る。それ以上の言葉は、聞いてはいけない気がして耳を塞いだ。聞きたくなくて、言葉を拒絶する。

 「やめてっ!」

 不意に、燃える火の熱が、脳裏に揺らめく。
 目の前の祭壇には、倒れている青年の姿。呆然と立ち尽くす自分、そのとき、腕を強く引いたのは ――。

 (ロ、イル……?)
消えていく幻に、吐き気がこみあげてくる。

 「フィアッ!」

 ぐいっと腕を引かれて、強い力に抱きとめられる。顔をあげると、ロイルがまっすぐ男を睨みつけていた。同時にシュッと鋭い音が鳴って、短剣が男に向かう。それは男の頬を掠めた。確かに傷ができているのに、血が流れてこない。そのことに目を瞠っていると、男は傷が出来た場所を手の甲で拭った。すぐに傷は跡形もなく消える。

 「光術を施した、短剣…か」
 男の視線が短剣を投げつけたナノに向かう。ナノは得意気な顔で笑って、壁に背中を預けながら立ち上がる。ロイルもフィアを抱き締めたまま、再び立ち上がった。

 「ムダだ。闇の結界が張られているからフィア姫はこの城から出られない」

 その言葉に血の気がひいた。どうあっても、皇帝 ―― 兄は自分を逃がす気はないらしい。あの恐ろしい闇を覗かせる目を思い出して、身体が震えた。ぎゅっと、強く抱き締められて、顔をあげる。抱き締められた腕の強さが、まるで大丈夫だと安心させるかのようで ―― 。胸に切ない想いが溢れてくる。泣きそうになる感情を必死に押さえ込んだ。

 じりっ、と男が追い詰めるかのように足を進めた。ロイルとナノも打開策を思案するような顔つきで、距離をとるために後ずさる。
 張り詰められた緊張感に、ごくり、と小さく息を呑む音が聞こえた。

 その瞬間、牢の入り口が騒々しくなった。視線を向けたと同時に、重厚な扉がバンッ、と小さな爆発音とともに破壊された。

「ナノっ!!」

 白い煙に覆われている場所からそう声があがった瞬間、気を取られていた男の隙を付いて、ナノとロイルが動いた。ロイルに抱え込まれるように、一緒に走り出す。「待てッ!」と男の声が聞こえたが、ナノが瞬間的に幾つもの短剣に短い呪いをこめて投げつけるのが見えた。その間に、牢の階段を駆け上がって、抜け出す。

 暗かった地下牢から急に陽の光を受けて、眩さに目を細める。

 「フィアちゃん?!」
 呼びかけられて、瞬きを繰り返すと、ようやく人影が認識できた。
 「ランクさんっ。助けに来てくれたんですかっ?!」
ああ、と頷く彼の足元には恐らく、牢番だった衛兵が数人、倒れていた。

 「でも、なんでフィアちゃんが……」
 「ランクっ、それどこじゃねえ。いいから、逃げるぞっ」

 驚きに目を丸くしているランクに同じく駆け上がってきたナノが焦った様子で告げた。それを受けて、ランクも口をつぐみ、こっち、と走り出した。

 「地下牢の場所は見取り図で見てたろ。だから、だいたいの場所を推測して、いちばん近い外壁を破壊して乗り込んだんだ。出来る限り気づかれないように」
 「あの爆発音で、気づかれないもなにもあるかよ」
 呆れたようにナノが言うのに、豪快な笑い声を発しながらランクは「気に食わないか?」と含みを込めて訊いた。ナノはそれに笑みだけで応じる。

 二人の様子に、今が切羽詰った状況でも、なんとかなるような気がして、フィアは少しだけ気がラクになった。だけど、ロイルに握られたままの手に気づいて、不意に不安を覚える。

 (「フィア姫はこの城からでられない。」)

 嫌な予感がする。不安を押し込めるように、繋いだ手に力を込めた。
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