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Word Lond

16 真実

 ―――― ここが。
 焼け落ちた神殿跡を前に、胸がぎゅっと締め付けられた。苦しいほどに切ない想いがわきあがってくる。次々と溢れ出してくる。剣に貫かれているカイルの姿が思い浮かびそうになって強く目を瞑った。

 「フィア……大丈夫か?」
 気遣うように背中にかけられる声に、振り向いて微笑みを返す。
 (大丈夫 ――― 私は、大丈夫。)
 自分に言い聞かせて、カイルが言っていた力の痕跡を探し始める。焼け跡の臭いはないはずなのに、片付けられることなく、焼けたままの形で残っている瓦礫を見ていると、あの時の光景が浮かんでくる。身体が小さく震えたとき、ぎゅっと手の平が大きな温もりに包まれた。顔をあげると、ロイルが見守るような温かい眼差しで見ていることに気づいて、不安がゆっくりと解けていった。

 再び意識を集中させると、不意に指に嵌めていた指輪が淡い光を放ち始めて、まるで導くように一点にその光を注いだ。

 「見つけた、ロイル! ここだわっ!」

 光が注ぐ場所に駆け寄り、そこでカイルの力の結び目を見つけた。彼に言われた通り、力を重ね合わせる要領でその結び目に自らの手の平を当てて、ゆっくりと力を溶け合わせる。その瞬間、光が弾けて、地面に石でできた扉が現れた。

 「地下室? そんなものが月の神殿にあったのか……」
 ロイルは驚きながら、その扉を持ち上げる。階段が続いており、先は真っ暗で見えなかった。ロイルは手早く着ていた上着を脱いで落ちていた枝に巻きつけると、火をつけて松明を作り上げる。その明りを掲げても、階段の奥までは見えなかった。

 「ロイル、行かなきゃ」
 握り締めたロイルの手に力を入れて、フィアが言った。その決意がこもった言葉に、笑みを浮かべてロイルは繋いでいた手を服の裾へ持っていった。
 「両手が塞がってると対応しにくい。できれば、こっちを握っててくれないか」
 その言葉に、思わず頬が緩みそうになって、フィアは慌てて堪えた。これがカイルなら、何があっても手を離さずにいてくれるのに、と思いながらも不器用なロイルなりの精一杯の優しさが今は、とても嬉しかった。

 「大丈夫よ。ちゃんと後をついていくから」
 絶対に、離れたりしないから。

 そう続けて言うと、一度頭の上にぽんっ、と手の平を乗せて、わかったと頷いたロイルは慎重に階段を降りていった。その後を遅れないように続いていく。石の階段は、ひんやりとしていて、けれど流れてくる空気はなぜか懐かしいものを含んでいるような感覚を受けた。

カツン、カツン…。

 冷たい足音だけが響いていく。時折、ロイルの持っている松明がちりっと小さく音を立てて、その度にフィアは緊張が高まっていき、握り締めた手の平がじっとりと汗ばんでいった。

 「階段はここで終わりみたいだな……」
 そう言ってロイルは松明を前方に揺らした。先へと続く石畳に注意しながら進んでいく。一歩前に進む度にふわり、と懐かしい気配が流れ込んでくるのに気づいた。これは、と小さく息を呑む。懐かしさと、同時に心を竦ませる恐怖。

 「フィア?」
 急に立ち止まると、その気配に気づいたロイルが訝るように振り向いた。大丈夫か、と問われる前に軽く首を振って、「大丈夫」と告げる。だけど、足はなかなか先に進んでくれなかった。

 「フィア」

 不意に手を繋がれる。大きく包み込まれる手の平に、驚いて顔をあげる。松明の明りに照らし出される頬がうっすらと赤く見えるのは、火の熱のせいか。それとも。照れ屋なわりには、大胆な行動をするロイルに笑みが浮かびそうになったが、それでも自分のためにしてくれる行為に、勇気を貰った気がして、繋がれた手の平をぎゅっと握り締めて、再び歩き出した。心の中にじわりと染み出してくる恐怖を誤魔化すために、冗談交じりに問いかける。

 「両方塞がって、大丈夫?」
 「いざとなったら、松明を捨てるさ」
 「手を離さないの?」

 愚問だ、と呟かれた言葉に、緊張していく心が温かくなっていく。こうしていると、昔に戻ったような気がする。ずっと一緒にいた、あの頃に。カイルはもう、いないけれど ――― 。

 「……信じてあげられなくて、ごめんね」
 胸の中に引っ掛かっていた想いを吐き出すと、ロイルが強張ったのが繋いだ手の平から伝わってきた。

 「目の前で恋人が死んでいるのを見たら、誰だって混乱する。しかも、あんな状況だ。俺は疑われても仕方なかった」
 「そんなふうに言わないで」
 淡々と紡がれる言葉は寂しくてそう告げると、苦笑する声が返った。

 「 ――― だけど、事実だ」

 「どうして、神殿に火をつけたの?」
 頑として譲ることのない意地っ張りな幼馴染に溜息が零れる。仕方なく話を逸らして、心の中に引っ掛かっていたことを問いかけた。

 「カイルの命と引き換えだと言われた。カイルの命は助けてやるから、神殿に火をつけろと。まさか、あいつがすでに死んでいるなんて思いもしなかった。それも、あいつに護り代わりに渡した俺の剣で」
 「あの剣をカイルに?」
 それは思いもがけない事実で、頷くロイルの後ろ姿をじっと見つめて、先を促した。
 「皇帝に話しをつけに行くと言ってた。俺も一緒に行こうと言ったが、あいつはフィアのことだから、と譲らなかった。だから俺の代わりに剣を渡した。せめて護身にくらいにはなるだろうと。あいつは ――カイルは大丈夫だと笑っていたけど、結局 ―― っ!」

 そこから先は言葉にされなかった。ただ繋いでいる手の平から、ロイルの後悔や、怒りが伝わってくる。自分が記憶を忘れて過ごしている間、ずっとロイルは悔やみ続けていたということに気づいて、酷く胸が痛んだ。拒絶されるだけ、どれだけ傷ついていたんだろう。溢れてくる熱い感情に泣きそうになるのを堪えながら、ぐっと繋いだ手に少しだけ力を込めた。不意に、ロイルの歩みが止まった。その背中に視線を上げると、ロイルが松明を揺らして、振り向いた。

 「着いたみたいだ」

 照らし出された光景に目を奪われて ――― 小さく息を飲んだ。

 広い空間の中央には等身大の女性の像が建っていた。何かを捧げるように両手の平を差し出している手の形の中には、淡い光がほわりと浮かんでいる。
 「これ、月の女神だわ……」
 像の前まで駆け寄って、国の象徴として敬われている月の女神を見上げてみる。その手の中にある光に視線が向いた。興味を引かれて、手を伸ばしてみる。

 「フィアッ!」
 呼ばれる名前に気づいたときには、光は月の女神の手を離れて、まっすぐとフィアの胸の中に吸い込まれていった。

 「 ――― っ?!」

 胸がぽかぽかと暖かくなっていく。急激な眩暈に襲われて足元がふらついた。力を失って、がくりと膝を突きかけたとき、ロイルが受け止めてくれたのがわかった。だけど、頭の中に様々な映像が浮かび上がっては巡っていき、言葉を発することが億劫になっていた。

 「しっかりしろっ!」

 不安げに呼びかけてくるロイルに、大丈夫、と伝えたかったけれど、それよりも、意識を奪われるのが先だった。
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