BACK | NEXT | TOP

Word Lond

19 対峙

 鋭い音が何度も鳴り響いていた。
 真剣に剣を向けているのに、対峙する皇帝はまるで戯れのようにフィアの刃を跳ね除けていく。傷つけることなどするわけがない、と暗に言われているようで、その実力の差に悔しさがこみ上げてくる。もともと、剣を習ったわけでもないから、仕方がないのかもしれないけれど。

 「フィア、俺がやる」
 乱れた息を整えようと、距離を取ったとき、代わりにロイルが二人の間に立った。その瞬間、皇帝を包み込む気配が変わった。殺気が見える。

 「おまえは邪魔だな」

 短く言い捨てて、皇帝はロイルの剣を受け止めた。互いの力で押し返しながら、それでも余裕があるのか、皇帝は口の端を吊り上げて、にやりと笑うと、ロイルの剣を振り払った。さっき地下で闇に傷を負わされていたロイルはその衝撃にぐらりと身体を揺らした。躊躇いなく、皇帝は剣を腹部に突き立てた。

 「ロイル?!」
 声を上げる。
 絶望を感じた瞬間、聞こえたのは、キンッ、と高鳴る金属音と、何かを突き刺した鈍い音。
 「ロイル!」
 ロイルが刺されたと思った。だが、素早い動きでロイルは皇帝から距離を取った。その動きにほっと息をつく。ロイルの両手にはそれぞれ短剣が握られていた。ナノが持っていた短剣。一方の刃には、赤い血が伝っていた。

 「フィア! 今だっ!」
 ロイルの声が聞こえて、小さく息を呑む。

 視線を向けると、皇帝は呆然とした顔つきで血が流れる腹部に手で触れていた。暗がりでも、赤黒い血は鮮やかに見える。ロイルの持つ短剣では、致命的な傷は与えることが出来ない。この闇の中では、すぐに回復してしまうことも、月の女神としての知識が教えてくれていた。だからこそ、月の女神はその力を封印することしかできなかった。でも、光術が施されていた短剣で傷を負わされた今なら ――― 。

 フィアは剣を構えて、皇帝の懐に飛び込んでいった。
 ぐさり、と嫌な音が聴こえてくる。
 「 ――― 月の女神よ。我が初めて抱いた望みはたったひとつだった」
 急にふわりと、まるで包み込むように抱き締められた。
 「……我の望みは………だった……」
 耳元で囁かれる言葉。それと同時に、皇帝の姿は闇の中へ溶け込むように、消えていった。

   ずっと知りたかった。
 皇帝の ―― 或いは闇の神の望み。
 『あの方の望みはたったひとつです』
 闇の者の言葉が浮かんだ。答えは、あまりにも簡単だったのに、手を差し伸べてあげることが出来なかった。その道は ―― 願いは、望みが。手段がすべて、方向が間違いすぎていて。

 『我の望みはそなたに愛されることだけだった』
 切なげに紡がれた口調に、涙が溢れてくる。

 そのために、全てを捨てることなど、できなかった。

 「フィア。よくやったな」
 ぽんっ、と優しく手の平を頭に乗せられて、視線を向けると、ロイルの優しい目と合った。自分の行為が正しいかはわからない。だけど、自分の信じた道をいきたい。こうして優しく見守ってくれる、傍にいてくれる人たちがいるうちは、それでよかったと、信じたい。
 「お兄様 ――― ごめんなさい」
 たった一言。最後まで自分だけを ―― 月の女神を求めてきた闇の神にそう捧げる。


 「あー、死ぬかと思った!」
 「ナノ。おまえは無茶し過ぎだっての!」
 急に賑やかになってきた声に、視線を向けると、身体中傷だらけの二人が地下の階段から上がってきていた。フィアはロイルと顔を見合わせて、慌てて傍に駆け寄っていく。

 「ああっ。聞いてくれよ、フィア。あの闇のヤツが、急に悲鳴をあげて掻き消えちまってよ」
 闇の神である皇帝が消えたから、力を失って共に消滅してしまったのだろうか。ナノの言葉に首を傾げる。おかげで助かったんだろ、とランクが入れた突っ込みに、不満そうな顔で返した。

 「何言ってんだ。俺が負けるわけないってーの!」
 「言ってろよ。まあ確実なのは、こんな姿をシーナさんに見られたら、更にぼこぼこにされるってことだな」
 まったくだ、とナノは肩を竦める。そんな二人のやり取りに、フィアも自然と笑みが零れ落ちた。

 これからきっと、大変なことがたくさん待ち受けてる。
 それでも、こんなふうに前を見続けて、生きている彼らのためにこの地を守り続けると決めたから ――だから、きっと、大丈夫。

 フィアがそう決意を込めて空を見上げると、明るい月が夜の闇の中で光り輝いて、この国を優しく照らし出していた。



Copyright (c) 2006 Yu-Uzuki All rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-