Word Lond
05 抵抗運動
フィアとシーナを見送ったナノは、隠れ家のひとつに向かった。ドアを開けてすぐ、仲間の一人が不満そうな顔で
立っているのを見つけて、ぽりぽりと頭をかく。
相手が口を開く前に、答えた。
「あー、悪ぃ。話の途中で抜けちまってよ。すっげえ反省してるって」
とても反省していない顔をしているのは承知だったがそう言うと、あからさまに相手は
ため息をついた。
「まあ、いつもお世話になっているシーナ姉さんの頼みですからね。それに俺たちもフィアちゃんには
面倒かけてるし。で、無事だったんですか?」
ああ、と頷く。それに仲間が安堵した顔をするのを眺めながら、ふと先ほどの男のことが気にかかった。
「なあ、お前らさ。聞いたことないか、ロイルって名前を」
その部屋に居座っていた仲間の顔を見回しながら、問いかける。五人とはいえ、反皇室派を主義としている
ナノが率いるグループの主要メンバーで、その情報網は広く、宮殿で開かれるパーティの日取りは勿論、貴族たちの
ゴシップ、果ては皇帝の日程予定などまで詳しく知ることもできる。だからこそ、あの青年に名前を名乗らせて、
その身元を確認しようとしたのだ。
案の定、壁によりかかって腕を組んでいたナノの右腕とも言える男、ランクが手を挙げた。
「ロイル…リーファン=ロイル?」
「おお。それならわかるぞ。王室の近衛隊のひとりだ。だが、一年前あたりに除隊になったはずだがなあ」
そう言ったのは、情報員としてその近衛隊に親戚の一人を紛らわしている男だった。
「なんで除隊になったんだ?」
ナノが視線を向けて訊くと、男は肩を竦めて見せた。
「ほら。城に神殿がひとつあっただろう?」
男に言われて、ナノは一年前の記憶を掘り起こす。「月の神殿」―― 。国民の願いを承り、この地の繁栄を
導くことを最たるものとしていた、国民にも人気のあったその神殿は、一年前に火事となり焼けてしまった。
面影もなく、焼け焦げてしまった神殿。
あのときの国民の絶望は大きかった。一年経って、その存在は忘れ去られようとしているけれど。
「あの神殿を守れなかった責任を取らされたんだよ」
「近衛隊のひとりが? 責任を?」
重鎮や、まして近衛隊隊長などならわかるが、一個人に責任を取らせるなど。あっていいことではないが、今の
皇室の状態ならそれで全てを収めようと考えることもあり得ることかもしれないとナノは半ば呆れながら
思った。だが、男は首を横に振る。
「ちょうど神殿が焼けた日の晩。当直だったらしい。他にも当直だった近衛隊はいるらしいが、神殿は
その、ロイルとかいう男が担当だったらしいからな。責任問題としては珍しく妥当だったんじゃないか?」
「火事の原因は?」
ナノが訊くと、男は困惑したように眉を顰めて首を傾けた。
「さあ…なんだったか」
「そんなどうでもいい理由が原因だったのかよ」
「そうだな…あ、確か。神殿の松明が倒れていて、いつのまにか広がったと」
確かにたいした理由じゃないな、と。ランクが鼻で笑う。
反対に、ナノは腕を組んで思案に耽った。
神殿が焼けた責任を取らされた、近衛隊のひとり。それを聴いて、あの身体の素早い動きの理由はついた。
だが、その男がなんで「フィア」を……。
彼女のことを知っていると言っていた。
『私のことを教えてもらえますか?』
フィアがそう訊いたとき、ロイルの目に陰りが帯びたところを一瞬だったが、確かに見てしまった。
悪い男ではないと思う。けれど、信用できるかといえばそうだと断言はできない。だから、一応シーナには
油断しないよう言ってはいたし。彼女たちの周囲には数人の護衛はいつもつけてある。
それでも、一抹の不安がナノの胸にはあった。
「で、なんでそんな男の名前が出てきたんだ?」
ランクが話のきっかけを思い出して、訝るような視線を向けてくる。
話すべきか ―― 、ナノは一瞬迷いはしたものの、すぐに私事だと思い直す。今はそれよりも為すべきことが
自分たちにはあるのだ。
それに何かあれば、護衛の人間かもしくはシーナが連絡してくるだろう。
ナノはそう気持ちを切り替え、「いや……」と曖昧な表情を浮かべて、肩を竦めるに止めた。
「ちょっと気にかかっただけさ。それより今回の計画だが」
本題に入ると、仲間たちに緊張が走る。空気は真剣な場となり、先ほどまでの会話はまるでなかったような
変わりようだった。
ランクが手に持っていた図面を中央に置かれてある質素な木のテーブルの上へと広げる。
「ああ、今回はちょっとばかし厄介だぜ」
「当然じゃわい。皇帝主催のパーティーをぶち壊すんじゃからの」
ランクの広げた図面を覗き込みながら、仲間の中で一番年齢の高い初老の男が「腕がなるわい」と
楽しそうに笑う。ナノは苦笑しながら、計画を順次に話し始める。
「流石に今回は退路が重要になる。城の中に乗り込むんだ。今までのようにいくつもの退路が用意されて
るって
わけじゃない。ハプニングが起きても、周囲の民が助けてくれるあてもない。肝に銘じとけよ?」
確認するようにナノが言うと、男たちは皆が一様にして緊張感を孕んだ面持ちで頷いた。
今までは貴族の館だったり、有名なパーティ専用館だったりと逃げ道はいくらでも確保できる場所だった。だが、今度は違う。
堂々と城に乗り込むのだ。
それは、今までのその警告を無視し続け、更にはナノたちのアジトをいくつも摘発してくれた皇室に対する挑戦だった。
そのアジトにしても、事前に連絡があったせいか仲間たちが掴まることは一度としてなかったが、
大事なのはそんなことではない。
反皇室を訴え、何度も ――― 何度も今現在の国民たちへの厳しすぎる重税。食料がないゆえの飢餓、貴族たちの怠慢、膨れ上がり今にも破裂しそうな勢いの民の不満を、その状況を見せ付けてきたというのに。
それなのに、何もしようとしない皇室や貴族たちが許せなかった。
ただ、それ故に変えようとしている自分たちの摘発ばかりに夢中になって。
―――― 許せない。
だからナノは、危険を承知で皇室に正面向かって立ち向かうことにした。最悪の場合は現皇帝の首を掻っ切っても。
「わかっている。だから、今回のパーティについては細部にわたって近衛隊にいる俺の親戚から訊いて
きた。その後の情報収集も抜かりはないとも」
大きく頷いて、男が言う。
「ナノ。お前が一番気をつけろよ」
ランクが気遣う光を目に浮かべて、とん、とナノの肩を叩く。
ナノは不敵な笑みを浮かべた。
「おいおい。俺を誰だと思ってるんだ」
その言葉に、その場にいた全員が苦笑する。それでも瞳に浮かぶのは、信頼。
どんな危険なことでも、ナノは持ち前の判断力と決断力で乗り越えてきた。それがリーダーである所以だ。
ナノのその言葉を疑う者は誰一人としてこの場にはいなかった。